信頼の証
「言わぬと、首を切るぞ」
レオニス王子の瞳が、冷たく光る。
その冷酷さに怯えながらも、アンナは言った。
「ぞ、存じ上げません」
「ほう……」
レオニス王子がアンナに近づこうとする。
それを遮るように、ミラがアンナの前に出た。
「申し訳ございません、レオニス王子!私は、実は……」
そこでレオニス王子は素早く言った。
「良い、何も申すな」
さらに続ける。
「私は王族だ。小さい頃から、皆が媚びへつらって来た」
「……」
ミラもアンナも、何も言えずに話を聞いている。
「だが、ラディアートの連中、特にダモン・タッカー公爵は私たちを蔑んだ目で見てくる。もし我が国の力がもっと落ちたら、私の周りにいる者の態度も変わるかもしれん」
ミラとアンナは、唾を飲んだ。
「私には、信頼できる者がいるのだろうか。信頼とは何なのか。それが分からなかった。知りたかった。だから、試してしまった」
そして、レオニス王子はミラとアンナに視線を向ける。
「済まなかった」
そう言って、レオニス王子は頭を下げた。
ミラはもちろん、平民のアンナは顎が外れるほどびっくりして口を開けた。
王子に頭を下げられるなんて!
「あ、あ、あ、あの、こちらこそ申し訳ございませんことで……」
「アンナ!無理に口を開かなくていいから」
ミラがそうたしなめるが、レオニスは楽しそうに笑う。
「構わん。アルベルト先生以外の平民のことも知っておきたいと思っていたんだ」
そう言って、レオニス王子はアンナに質問をした。
どんな暮らしをしているのか、両親は何の仕事をしているのか、普段何を考えて過ごしているのか。
アンナは、農民である父が苦労しながら誇らしげに収穫を得ていることを話した。
それは、ローズに話したのとほぼ同じ内容だった。
「そうか、アンナは父上の仕事に誇りを持っているのだな」
レオニスは、ローズと同じような反応を返す。
「少しローズ様と似ているところがあるのかもしれない」と思いながら、アンナは話した。
「このような長旅は初めてか?」
レオニス王子の問いに、
「はい、始めのうちはいろんな景色や馬車の動きや新しい仕事にワクワクしましたが、慣れると飽きてきてしまって……」
つい、アンナはローズといる時のように気が抜けてしまった。そこでミラは、
「アンナ!失礼よ!」
とたしなめるが、レオニス王子は楽しそうに
「構わん構わん。アンナは隠しごとはするが、嘘はつけそうにないな」
と笑った。だが、それに対してもアンナは
「いえ、ミラ様のご命令とあらば多分嘘もつけるはずです」
と返す。ミラはハラハラしながらそのやり取りを聞いていた。
その顔色を見て、レオニス王子はミラに告げる。
「そんなに心配しなくてもいいぞ。俺は、アンナを多少は気に入った」
そう言われた時、アンナは逆に「気に入られていなかったらどうなっていたんだろう」と自分の軽率さを反省した。
だが、そんなアンナの気持ちをものともせずに、レオニス王子はアンナに尋ねる。
「お前、最近は何をしているんだ?」
「食事の用意やテントの設営、寝具の準備や皆様が体を拭くためのお湯の準備、洗濯に荷物の管理に、何かと忙しく過ごしております」
「何だ、私は暇だからもっと呼び出したかったのだが……」
レオニス王子がそう言う横でミラが小声でアンナに言った。
「そんなに忙しいなら、私も手伝おうか?」
アンナが「滅相もございません」と断っている横で、レオニス王子が弾けるように笑った。
「そうだ!アンナが忙しそうにしている、ここに暇な人間が2人いる、だったら手伝えばいいじゃないか!」
ミラとアンナがポカンとしていると、
「何でこんな当たり前のことに気付かなかったんだろう。暇な者が忙しい者を手伝う。きわめて合理的だ。あまりにも退屈で、これから毎日ミラを呼び出そうかと思っていたが、仕事を手伝えばその必要もない!」
毎日呼ばれるかもしれなかったのか、とミラは震え上がったが、それを避けられるならとレオニス王子の提案に賛成した。
「そうですね!きっとそういう仕事を知ることも、民を慈しむ王族としてのお役目に役立つことと思います!」
アンナだけは、恐れおののいていた。
ミラ様が自分の仕事を手伝うだけでも、恐れ多いと思っていたのだ。
そのうえ王子様まで!?
「あ、あのお、打ち首はやめてくださいませ……ね?」
おずおずと言うアンナに、レオニス王子は楽しそうに
「わかったわかった、使用人の仕事に関しては俺は素人だ。迷惑をかけるのはこっちだと分を弁えることにする」
そして、言葉を続ける。
「アンナ、お前のことは俺も多少は信頼できそうだ」
それから、すぐにレオニス王子とミラがアンナに連れられて使用人が働いているところに現れた。
ミラはまだしも王子まで現れたことで現場は恐慌状態になったが、アンナが2人に洗濯を教える。
「ここをこうやって擦って……王子様、そんなに強く擦ったら布が破けてしまいますよ!」
「ああ、すまんすまん。結構難しいものだな」
どう考えても失礼なアンナの態度に、王子は楽しそうな笑顔を返している。
ここにいるのはみんな貴族の娘なので、始めのうちは恐れおののいていた。
だが、度胸のある娘が「アンナもそれほど慣れてないんだから。ここは無理に擦るとしわになるから水の流れに任せた方がいいんだよ」と割って入った。
「お主は、確かバークリー伯爵家の……」
「お見知りいただき光栄です。カミラ・バークリーにございます」
この者に関しては、王子は信頼できるかどうか判断できなかった。
取り入るために近づいたのか、ただ単にアンナを放っておけなかったのか。
それでも、王子は無粋なことを考えるのをやめた。
自分は、純粋に手伝いに来たのだ。
「皆のもの、こちらに来て仕事を教えてくれ。私は邪魔をしに来たわけではない。手伝いに来たのだ」
そんなことを言う11歳の王子は、かわいいものだ。
皆で洗濯をし、それぞれの知識を披露しながら作業を進めていく。
レオニス王子は、退屈が紛れただけでなく新しいことを覚える喜びを楽しんだ。
その笑顔は、使用人やミラの心を温かくした。
その日の夜、昨日までアンナを弄っていたお姉さま方の興味はレオニス王子に向かっていた。
「レオニス王子かわいい~!」と騒いているお姉さま方を横目に、アンナは久しぶりの快眠を貪った。




