退屈な時間
ラディアート王国への道のりは遠い。
始めのうちは旅を楽しんでいたミラやアンナも、やや退屈してきていた。
いや、アンナはテントの設営や食事の準備、ミラの着替えの用意や洗濯など忙しくしているから、退屈などと言っていられない。
最初の頃のような、新鮮な感動が薄れているだけだ。
ただ、ミラは退屈になってしまった。
アンナの反応も普通になったし、両親は難しい話をしている。
そして、兄のノエルもアルヴェイン侯爵家を継ぐ者として、両親の話に参加している。
そこに割り込んでいくこともできず、ミラは「早く着かないかな」と思っていた。
ローズに手紙を書こうにも、馬車が揺れてうまくいかない。
そうして暇つぶしに馬車の木目の数を数え始めた頃、レオニス王子からの使いが来た。
「すぐ来るように」
いつもなら「面倒だなあ」と思うミラだが、今日は違う。
少しでも刺激が欲しい時だ、ものすごく嬉しく思った。
ミラは馬車から飛び降りると、その使いの者について走った。
馬車も進んでいるので、ゆっくり歩いていたのでは追いつけない。
使いの者は、自分がおぶって行かないといけないのではないかと思っていたが、ミラが意外に健脚だったので驚いた。
時々アンナと野山を駆け回って遊ぶミラは、侯爵令嬢にしては身体能力が高い。
レオニス王子も同じことを思っていたようで、少し息を切らしながら自分の馬車に入ってきたミラに
「思ったより早かったな。自分で走ってきたのか?」
と尋ねる。だがミラは他の貴族をローズしか知らなかったので、それが本当に意外なことだとは思わなかった。
せいぜいローズよりは体力があるかな、と思っている程度だ。
そのローズは、今頃竹馬の練習に一生懸命で、少しずつ体力も追いついてきているのだが。
だからミラはレオニス王子の驚きにも気づかず
「お待たせしてしまい申し訳ございません」
と挨拶をした。
どんな用事かはある程度想像がついていたが、果たしてその通りだった。
「退屈なのだ」
レオニス王子にはそういう時のための従者もいるが、やはり同じ年頃の子供といる方が楽しいのだろう。
ミラが呼ばれて嬉しく思うほどなのだから、長旅の退屈は共通のものだ。
「最初のうちは景色などを楽しめたのですが、そうそう変わり映えもしませんので」
ミラは、レオニス王子に相槌を打った。
「だが、この退屈な旅路も大切な仕事だ。いつまでもラディアート風情の下風に立っているわけにもいかんからな」
「……と、言いますと?」
「先の大戦で負けたからわざわざこっちが出向かねばならん。こちらが有利になれば、相手を呼びつけることができる」
その言葉を聞いた時、ミラの額に汗がにじんだ。
「また……戦をなさるおつもりなのでしょうか」
「俺は戦でラディアートを叩き、優位に立ちたいと思っていた。だが、アルベルト先生がなあ……」
「アルベルト先生は何と?」
「戦で泣く民の声を想像しなさい、そう言うんだ。確かに、戦で死ぬのは平民が多いだろう。さらには、平民の反乱で滅びる国もあるという。簡単に戦という手段に頼るべきではないと」
強い魔法力を持つアルベルト先生は、戦の場でこそ真の力を発揮できるだろうに。
やっぱりアルベルト先生は、尊敬すべき方だ。
「そして、アルベルト先生はこう言った。『外交で上下を入れ替えることは可能です』と。今の俺はまだ子供だが、それを実現する方法を知りたくて今回の使節に同行を願い出たのだ」
……自分と同い年のこの王子は、そこまで考えていたのか。
ミラは、自分が恥ずかしくなった。
これが王族というものか。これでは、尊敬を集めるのも当然かもしれない。
「ところでお前、ダモンが今難しい状況にあることを知ってるか?」
いきなり、王子の話が飛躍した。
ただ前世の父の悪口で盛り上がることで繋がった縁だから、これは自然な流れかもしれない。
「国内で反乱が起こったのを平定に向かったのに、随分へまをやらかしてるらしい」
「王子様は、そのようなことまで耳に入れておられるのですか?」
自分とはあまりに意識が違い過ぎる、とミラは思ったのだ。
「ん?いや、もちろん我が国も密偵をラディアートに送り込んではいるが、俺の情報はアルベルト先生からのものだ。今もラディアートに親しい人がたくさんいるらしく、その情報を俺に教えてくれる。知っておいた方がいいと言ってな」
「それを私に言ってもいいのですか?」
「ははは!ダモンの悪口仲間なんだからいいに決まってるだろう!それに敵国内で反乱が起こったということは、国力が下がっている可能性もある。それなら戦で……と俺なら思うが、外交にも影響があるのか知っておきたい。お前も、学んでおけ」
「はい。ありがとうございます」
「お前の父は穏健派だから、戦には反対だろう。知識があれば、お前にも出来ることがあるかもしれんぞ」
王族というのは、自分よりはるかに考え深いのだろうか、とミラは思った。
私のことも成長させようとしてくれているのかと。
そう思っていると、途端に王子は子供の顔に戻って
「そうだ!お前の専属使用人……だったか。あいつを呼んでみよ」
「アンナをですか?でも、王子様のご機嫌を損ねたのでは……」
「構わん。あいつも我らと同年代だろう?仕事から離れられるようであれば呼んで来い」
そう言われたので、ミラはさっきの王子の使いの者にアンナの特徴を伝え、呼んで来てくれるように頼んだ。
すると、アンナはミラよりも早い脚で王子の馬車に乗り込んだ。
「ミラ様!お呼びでしょうか!」
ミラに呼んでもらえた嬉しさ半分、王子の馬車に入る恐ろしさ半分といった様子で、アンナは顔をやや強張らせて声を上げる。
「アンナ、と申すか。俺のことは覚えているか?」
「は、はい!第二王子のレオニス様であらせられます!」
「ふむ、ちゃんと学んだか。先日は悪かったな。ミラの大事な使用人だとは知らなかったのだ」
「……」
何と言っていいかわからず沈黙してしまったアンナの代わりに、ミラが答える。
「ありがとうございます。今後はきちんと教育してまいります」
「まことに良い主人を持ったな、アンナとやら。ところでミラ、私は平民出身のアルベルト先生を大事に思っている。それは、尊敬すべき能力を持っているからだ。お前は、なぜアンナを大事に思っている?」
いきなりの問いに、ミラは顔を上げた。そして、毅然として答えた。
「何かを持っているからではありません。信頼をくれたからです」
「信頼?お前はカシウスに大事にされているだろう。家の使用人も、お前を裏切ったりはしないはずだ。それなのに、なぜその者の信頼だけ特別に思うのだ?」
……それは、前世で虐げられていたから。その痛みを知って、私以上に怒り、泣いてくれたから。
でも、それをこの王子に伝えて良いかどうかまだ分からない。
家族にも、まだはっきりとは伝えていないのだ。
答えられずにいると、レオニス王子はアンナに尋ねた。
「お前には、何か心当たりはあるのか?」
アンナは、瞳を伏せる。
「何かあるようだな?隠さずに言え」
レオニス王子の圧が強まる。アンナは、無意識のうちに後ずさった。
「言わぬと、首を切るぞ」
張り詰めた空気が、辺りを埋め尽くした。




