再会
11年前、ラディアート王国とロベリア王国の戦争が終わった直後のこと。
アルベルトが、ダモン・タッカー公爵の屋敷を訪れた。
「アルベルト様がお見えです」
執事からそう聞いた時、ダモンは「厄介事ではないだろうな」と思った。
魔法が使えるミラの存在を隠ぺいしたことを知っているのは、自分の家族を除けばあの男だけだ。
「強請りにでも来たのなら、消さねばならんな」
そんなことを考えながら、満面の笑みをたたえてアルベルトを迎えた。
「公爵様、お久しゅうございます。先の戦でのご活躍、聞き及んでおります」
「いやいや、何ほどのこともしておらぬ。ところで、今日はどうされました?」
「いえ、戦も終わったので教え子のところを回っているのですよ。どうしているだろうかと」
魔法の大家であるアルベルトは、多くの教え子を持っている。
「年寄の暇つぶしか」とダモンは思った。
そして、面倒ごとでないことに胸をなでおろした。
そのホッとした表情のまま、ダモンは言った。
「あの者は、戦で命を落としました」
その言葉を聞いても、アルベルトは表情を変えなかった。
予想できなかったことではなかったからだ。
だが、「まさかそこまで」という気持ちと、「ダモンならやりかねない」という気持ちの両方を持っていた。
出来れば、生きていて欲しかった。
そして、自分の手元で育てたかった。
もちろんミラの魔法使いとしての才能を育ててみたいという欲望もあった。
だが、公爵家で虐げられていたあの娘を純粋に救いたくもあったのだ。
戦争の間は忙しかった。魔法使いは貴重な戦力として、方々に駆り出された。
ダモン・タッカー公爵の戦功を耳にするたびに「ミラが酷使されているのではないか」と心配していた。
だから、その死を聞いても「やはり……」と思ったのだ。
「ミラ様は、どのようにしてお命を……」
「流れ矢に当たってしまいましてな」
こともなげに言い放つ公爵に、アルベルトは怒りを抱いた。
「流れ矢が飛んでくるようなところに魔法使いを配置したのですか?」
普通なら、魔法使いは厳重に守られた位置に置くものだ。
それなのに——。
「敵の用兵が巧みでしてな。いやあ、面目ない」
「いえ、公爵様の戦功は輝かしいものです……」
その時、アルベルトはこの男が筆頭公爵を務めるこの国から出て行くことを決めた。
***
外交使節出発の準備が忙しい最中、レオニス王子からミラに「すぐ来い」という命令が届いた。
アンナが「私も一緒に」と申し出たが、ミラは首を横に振る。
「一人で来い、とのことよ。大丈夫、レオニス王子は同じ年齢の私と無邪気にしゃべりたいだけ。それに、アンナだって王子のことが怖いんじゃない?」
「最初は怖いと思いました。ですが、レオニス王子様はミラ様の言葉を聞き入れて下さいました」
「そうね、正直あの時は私も必死だったわ。でも、王子にも平民の大事な人がいるんですって」
「王族の方でも、平民を大事に思って下さるんですか?」
「生まれで人の価値は決められないわ」
前世では自分も平民の娘と言われていたんだ、と思いながら、ミラは大事な友人に声をかけた。
「アンナ、気にしないでね!レオニス王子は怒っていないし、私に悪いこともしないから」
そう言って、ミラは王子の部屋に向かおうとした。
だが、部屋に行って扉を叩いても返事がない。
「あれ?」と思って命令書を見ると、中庭に来るように書いてあった。
命令書をよく読まなかった自分を反省しつつ、ミラは足早に中庭に向かう。
そこには、レオニス王子と……一人の老人。
「——!」
アルベルトが、レオニス王子に魔法を教えているところだった。
ミラに気付いた王子が、ミラに声をかける。
「ミラ!こちらが俺の魔法の先生のアルベルトだ!アルベルト、私の友人のミラだ」
アルベルトは恭しく頭を下げ、そして頭を上げた。
その時にアルベルトが見たレオニス王子の友人の姿は……。
「そんな、馬鹿な……」
人生経験豊富なアルベルトが、思わず言葉を失ってしまう。
それに対して、ミラは屈託ない笑顔を見せた。
「こんにちは、アルベルト様!ご高名はかねてより伺っています!」
わずかに涙が浮かび、声も震えていたが、それも尊敬する人に出会えた喜びとして不自然なものではない。
その様子を見て「他人の空似か……名前まで同じとは酷い偶然だ」とアルベルトは思った。
「ミラ様……と仰いましたか。魔法の素養を見て欲しいのですか?」
「いえ、我が国の英雄足り得る方のお姿を拝見したかったのです」
もしかすると魔法の素養を見られた時に前世の自分と繋がるものがあるかもしれない、と思ってミラはあえて見てもらわなかった。
アルベルトには前世を打ち明ける決心をしたが、レオニス王子にそれを知られて良いかどうかはまだ分からない。
「レオニス王子も魔法が使えるのでしょう?是非見せていただきたいです」
続けて、ミラは王子の言って欲しそうな言葉を口にした。
それを聞いてレオニス王子は満面の笑みを浮かべ、
「魔法を使えるのは1000人に1人くらいしかいないらしいからな。今はまだ威力は弱いが、先生に教わってこの才能をもっと強くしてみせる。まあ、今は弱いけどな」
あらかじめ予防線を張るように、「今は弱い」を連呼しながら、王子は「ファイラム」と唱える。すると、手の平の上に小さな火球が浮かんだ。
ミラは初めての時に50㎝ほどの火球を作り出したが、王子の手の上にある火球は3㎝ほどの大きさだ。
それでも、それが出来る者は滅多にいない。
それを(ミラが見ているから少し格好をつけて)射出すると、5mほど向こうの木の葉が燃えた。
その火は他の葉に燃え移ることもなく、すぐに消えた。
「王子様、格好をつけるより集中することに力を使って下さいませ。いつもより威力が弱くなっておられますぞ」
「見学者がいたから、つい余計な力が入っただけだ」
王子は、少し恥ずかしそうに言い訳をする。
ミラは「この威力ならローちゃんが言っていた、ダモン侯爵の服を燃やしたり椅子の脚を燃やしたりするのにちょうどいいかも」と思った。
それからしばらく王子の修練は続いたが、しばらくすると「休憩にしよう」と言ってミラの近くに腰を下ろした。
そこにアルベルトを呼び、ミラに「話したいことがあるなら話せ」と言ってくれた。
王子は、ミラに気を使ってくれたらしい。
ミラは、涙ぐみそうになるのを我慢しながら世間話をする。
特にロベリア王国の魔術隊の戦力についての話を聞いた。
レオニス王子が、その話題を一番嬉しそうに聞いていたからだ。
自国の軍備が増強されていくことが、王子は嬉しいのだろう。
そうして話している時に、王家の使いが王子を呼びに来た。
第二王子も何かと忙しいらしい。
「ミラ、アルベルト先生はお忙しい方だからわがままを言うなよ。先生、予定があるなら無理せず切り上げちゃっていいですからね」
そう言って、レオニス王子はその場を去った。
「いつも王子が『あと少し、あと少し』と言って帰してくださらないではありませんか。だから私は、王子の手ほどきの日は後に予定を入れないようにしているのですよ」
ミラに言ったのか独り言なのかわからないくらいの声量で呟いて、アルベルトはミラの方を振り返った。
そこには、目に涙をいっぱいにためた少女がいた。
「……アルベルト先生!」
少女は、老人に抱きついた。




