ローズがいない夜
ミラからの手紙を受け取ったローズは、大喜びで封を開けた。
大好きなミーちゃんからの手紙だ、嬉しくないわけがない。
しかも、2か月は会えないと思って寂しがっていたのだ。
ミーちゃんはアンナがいるけど、私は……と思うと本当に寂しかった。
アンナがいれば私なんか要らない、と思われるかもしれないと不安になることもあった。
ただ、随分早いな、とも思った。
実際、まだミラは王都を出発してもいない。
それでもローズはミラからの手紙を瞳を輝かせながら読み、頼られていることを嬉しく思った。
「前世の魔法の先生か……。確かに今のアンナにはまだちょっと難しいかな」
なんてお姉さんぶりながら、鼻歌交じりに返事をしたためる。
「ミーちゃんったら、まだほんの数日しか経ってないのにさっそくローズシック(ホームシックみたいなことらしい)かしら?」
浮かれた気持ちがそのまま文章に表れてしまっているが、ローズは気づかない。
「私は竹馬で6歩進むことが出来ましたわよ」
微妙な成長を自慢するローズ。
その他にも、ミラに話したいことはたくさんある。
もちろんミラが悩んでいることに対しては、特に真剣に考えて返事を書いた。
いっぱい考えて、考えたことを全て文に託すと、便箋13枚分になってしまった。
ミラは3枚だったのでバランスが悪いなと思いながら、削れる部分はない!と思ってそのまま送ることにした。
その夜、ローズは両親の寝室の扉を叩いた。
ミラの「特別なベッド」の話を聞いた時は、『ミラは甘えん坊ねえ』とからかった。
でも、今日は何となく……。
「ローズ、どうしたんだ?」
そう尋ねるエドガー侯爵に、ローズは胸を張って言った。
「ミラが手紙で私に甘えてきたのよ。だから、私もパパとママに甘えたくなったの」
エドガーはきょとんとしているが、その妻ヴィオレットは両手を広げてローズを招く。
「ローズもミラちゃんもかわいいわね。さあ、いらっしゃい」
ローズは、その腕の中に飛び込んでいく。
エドガーも、慌ててそこに加わる。
ローズは思う存分両親に甘えながら、ミラの心配をするのだった。
「家もカシウスのところみたいに家族全員で眠れる特別サイズのベッドを買うか」
家族四人で寝れる特別なベッドを買ったとカシウス侯爵から聞いていたエドガー侯爵はそう言ったが、「毎日は嫌よ」というローズのすげない言葉に肩を落とした。
***
ローズからの返信が、思った以上に分厚かったのでミラは驚いた。
でも、これからローズとおしゃべりできるみたいでとても嬉しかった。
一枚目から、ミラはローズらしさを感じた。
「ローズシックって何よ」
などと独り言を言いながら、後でアンナにも見せてあげようと思った。
目の前にローズがいるかのような楽しい手紙は、ミラに「親友がいる」という幸せを感じさせた。
夢中で読み進み、ミラは何もかも忘れそうになったが、ローズはまさにミラの“真友”だった。
「その先生は、ミーちゃんのことを想ってくださっていたんでしょう?だったら、ミーちゃんも先生のことを信じてあげたらどうかしら?」
その言葉は、ミラの胸に深く染み渡った。
アルベルト先生は、ラディアート王国を捨てたのだ。
もちろん大人には自分の思いも及ばない理由があるかもしれない。
それでも、アルベルト先生は自分の死を悲しんでくれた。
それを、レオニス王子に伝えてくれた。
そんな先生を、自分は一瞬でも疑ってしまった。
父に裏切られたからと言って……いや、そんなのは言い訳だ。
先生と過ごした楽しい時間を、自分は信じ切ることができなかったのだ。
自分の魔法力を見出してくれた先生。
魔法の使い方を教えてくれた先生。
そして……兄のリカルドが怪我をした時に手から発した緑の光の使い方を教えてくれた先生。その治癒魔法のおかげで、ローズやアンナと仲良くなれた。
今にして思えば、リカルドもあれから私にあまりきつく当たらなくなったような気もする。
庇ってくれたわけではないけれど。
さらにローズは言う。
「ミーちゃんが傷ついても、私とアンナが治してあげる」
……そうだ。
もし私が失敗したり悲しんだりしても、ローちゃんもアンナも、もちろんパパもママもノエル兄さまも、私の味方でいてくれる。
——前世とは違うんだ!
「ローちゃん、ありがとう、ごめんね」
ミラは一人でつぶやいた。
自分は、先生だけじゃなく今世で良くしてくれている人たちのこともまだ信じ切れていなかったのかもしれない。
でも、役に立つことばかりを考えてビクビクしていた前世とは違う。
「アルベルト先生に、全部知って欲しい!」
ミラは、迷いを捨てた。
***
その夜、ミラはアンナにローズからの手紙を見せた。
「ローズシックって何ですか!?ローズ様は本当にもう……!!」
「竹馬を教えるのが楽しみです。ビシビシしごいてやりますよ!」
笑顔で読み始めたアンナだが、読み進めるにつれて真顔になっていく。
「はあ、偉い魔法使いの方にも平民出身の方がいるんですねえ」
「魔法を教わるってこういうことなんですか」
「このアルベルトって人が私たちの国に来たのって、すごい勇気が要ることだったんじゃないですか!?」
「アルベルトという方のことは他言無用……ですか。あ!そりゃあ隣国から逃げてきた人をうちが匿っていることがバレたらまずいですよね!」
13枚に渡るローズの手紙を笑ったりツッコんだり真顔になったりしながら読んだアンナは、最後に言った。
「もしかして、これって私が読んでもわかるように書いてくれたんですかね?」
「多分ね」
ミラから聞いたことを基にアルベルトの苦労を想像して書きつつ、アンナにもわかるように、さらにミラにはもっと深く刺さるように考え抜いて書かれているのだ。
この手紙を書くのに、どれだけ時間がかかったのだろう。
もしこれをそれほど苦労もなく自然に書けたのなら、気遣いの天才と言わざるを得ない。
どちらにしても、アンナも今の状況を把握してくれた。
そして、ミラも先生を信じて打ち明けてみようと決心できた。
ここにいないのに、ローズがいてくれることをミラは心から嬉しく思った。




