再会への迷い
アルベルト先生に会わせてやる、その言葉を噛み締める暇もないほど、レオニス王子はダモン・タッカー公爵の悪口を言い始めた。
そのためにミラを呼んだのだから、むしろ今までよく我慢していたと言ってもいい。
始めのうちはそれに頷いているだけだったが、やがてミラの心にも火が付いた。
ただでさえ、自分が殺されたという悲しさや悔しさがあったのに、アルベルト先生の怒りがミラの感情を増幅させようとする。
いや、それは行き過ぎだ。ミラは自分を抑えようと思った。
前世のことを口走らぬよう、気をつけなくてはいけない。
ただ、こういう場合は自分も相手に同調した方が好感を得られる。
頷くだけではなく、ダモンの嫌なところを前世を匂わせずに、それでいて少し詳細に、絶妙なバランスで口にした。
すると、レオニス王子はミラの反応をとても心地よく思い、益々楽し気にダモンの悪口を言い始めた。
「お前を呼んで良かった。家族も同伴せよ、とは少しわがままかと思ったが、カシウスは家族思いだから喜んでいたそうだな。今後も暇な時は俺の相手を申し付けるかもしれんからそのつもりでいてくれ」
「有難きお言葉にございます」
ミラは、そう言って頭を下げた。
家族同伴は、この王子が付け加えた条件なのだろう。
ただ、ダモンの悪口を言い合うだけで、王子に気に入ってもらえたようだ。
それならいくらでも、とミラは思った。
それでも、「アルベルト先生とはいつ会えますか?」とまでは聞くことができなかった。
それが目当て、みたいには思われたくなかったのだ。
そうしてレオニス王子の部屋から退出し、自分たちの部屋に戻る途中でミラは我に返った。
自分にとってのアルベルト先生は、アルベルト先生だ。
だが、アルベルト先生が自分を見たらどう思うだろう。
名前は同じだが、今の自分は11歳だ。
先生の知っているミラは、生きていたら22歳になっている。
自分をミラだと認識してくれるか……いや、生まれ変わりだと打ち明けるかどうかだ。
今なら、単なるファンとして先生に会うこともできる。
レオニス王子は、自分のことをそう紹介するだろうから。
私の名前と外見には当然気付くだろう。
それでも、私が素知らぬふりで接していたら、すごい偶然もあるものだと思ってくれるのではないか。
そうやって心の中で再会を喜ぶだけでも幸せなのではないか、とミラは思った。
だって、自分を愛してくれていたことを知れたのだから。
今世の私は幸せだ。それを大事にしていこう。
前世のことは忘れよう。良い思い出を先生はくれたけれど、それには辛い思い出も一緒にくっついてくるんだから。
そこまで考えた時、ミラは自分の部屋に着いた。
カシウス・アルヴェイン侯爵家の、自分を愛してくれる人たちが待っている部屋に。
***
それからは、慌ただしい日々が続いた。
外交使節としてラディアート王国に向かうため、指名された者が王都に集まる。
そこから外交方針を話し合い、出発準備を行う。
さすがにミラも、こんな時にレオニス王子が「魔法の手ほどきを受けるからアルベルトに会いに来い」と言うとは思っていない。
それは、ミラを惑わせる時間でもあった。
前世の私のことも、先生は完全には知らない。
そして、今が幸せだということも知って欲しい。
そんな気持ちが湧いてくる。
だが、裏切られたら、分かってくれなかったら、信じてくれなかったら、という恐れもミラの中に湧いてくる。
周りの大人や、恐らく王族たちも忙しいのだろう。
けれど、子供たちはそんなに出来ることがあるわけではない。
使用人のアンナは忙しく働いているけれど。
***
夜になると、アンナはミラの部屋の扉を叩く。
ミラ専属使用人と言っても、こんな時はこき使われるのだ。
ミラの方も、みんなが忙しくしているのに自分の使用人をただの話し相手として手元に置いておくことは申し訳なく思う。
アンナもその感覚は持っているが、ミラ専属使用人の矜持も忘れない。
必ず、仕事が終わった後はミラの部屋を訪れるのだ。
疲れ切った顔で「ミラ様、何かご要望はありませんか?」と聞くアンナに、ミラはただ優しくしてあげたかった。
悩みを言えば聞いてくれるだろうけど、この実直な友人は睡眠時間を削って私に付き合いかねない。
「ローちゃんがいてくれたらなあ……」
そう思った時、ミラはローズの「手紙を書いてね」という言葉を思い出す。
そこでミラは疲れ切ったアンナを自分のベッドで休ませた後、ローズへの手紙を書き始めた。
「ローちゃんがいないとこんなに不安になるなんて思わなかった」
ローズが喜びそうな、自分の本音を最初に書いた。
ただこれだけではアンナが役に立っていないようなので「アンナは出発の準備で忙しくて」とも付け加えた。
まあこれは入れなくてもローちゃんならわかってくれるだろうとは思いながら。
そして、前世で魔法を見出してくれたアルベルトのこと、その人がロベリア王国にいること、もしかすると会えるかもしれないことを書き記し、自分の複雑な胸中を打ち明けた。
魔法の先生に前世の記憶を言うべきか……こんなことはさすがに魔法とあまり縁のない平民のアンナにはまだ難し過ぎるだろう。
ミラも平民のことはよくわからないから、アンナが悩んでいても力になれないこともあるんだろうな、と考えた。
大事な友達なのに、身分の違いはやっぱり分かり合うことを妨げるんだろうか、と思った。
そんなことを考えながら、ミラはアンナが寝息を立てているベッドに潜り込んだ。




