前世にもあった愛情
アルベルトの名前を聞いた時、ミラの中に懐かしさが湧き起こった。
誰も味方がいなかった前世の記憶の中で、唯一「楽しい」と思えたのがアルベルトに魔法を教わっている時だった。
しかし、ミラの心の中には恐れもあった。
前世では父も自分を騙していたのだ。
アルベルト先生も、本当は……などと考えてしまう。
だから、ミラはつい疑問を口にしてしまった。
「でも、アルベルト様はラディアート王国の魔法使いでは……」
その言葉を聞いて、レオニス王子は怪訝な顔をした。
「お前、アルベルトを知っているのか?アルベルトがラディア―ト王国にいたのは、10年以上前のことだぞ」
はい、前世で知っています。などと言えるはずはない。
そして、何らかの事情があって今はロベリア王国にいるらしい。
「え、ええ、高名な方ですので」
「高名は高名だが、お前までが知っているほどだったのか。アルベルトが活躍していたのは10年以上前、俺が生まれる前の話だ。お前も俺と似たような年齢だろう?」
「はい、私は今11歳ですので」
「なら、俺と同い年だな。俺たちが生まれる前の戦で、アルベルトは俺たちの国と戦った。だが、その戦が終わってすぐにアルベルトはこちらに亡命してきたんだ」
「ぼう……めい?」
「ああ、ラディアート王国にいるのが嫌になってこっちに逃げてきたという意味だ」
嫌になった……?アルベルト先生に何があったんだろう、とミラは思った。
「俺は一昨年、アルベルトに魔法の才能を認められてから師事している。もちろんラディアートには内緒でな。お前はどこでアルベルトのことを聞いたんだ?」
少し考えた後、ミラは答えた。
「父から聞いたのです。昔戦ったことがあると」
「そう言えば、お前の父はカシウスだったな。その勇猛さは父からも聞いている。確かに、あの男ならアルベルトと戦っていてもおかしくはない」
何とか誤魔化せたようだ、とミラは胸をなでおろした。
そして、後で父にアルベルト先生と戦ったことがあるかどうかを聞いておこうと思った。
「まあ、そんなことはどうでもいい。ダモン・タッカーのことだ。いや、どうでも良くはないな。俺がダモンを嫌いになったのは、アルベルトの影響も大きいんだ」
「どういうことですか?」
「ダモンが我が国に亡命してきたと言っただろう?それは、ダモンが嫌になったからなんだ」
先生と前世での父は特に仲が悪そうではなかったけどな、とミラは思った。
「何でもダモンの娘はアルベルトが見た中でもずば抜けた魔法の才能を持っていたらしい。それなのにダモンはその娘を国軍に預けず、自分の家の栄達のために隠していたそうだ。その後のダモンの戦功はその娘のおかげだろうとアルベルトは確信していた」
自分をそんなに高く評価してくれていたのか、とミラは嬉しくなった。
「だが、アルベルトはその娘がダモンの家族から虐められているのも見ていた。だから、戦が終わって時間ができた時に様子を見に行った」
「……」
「そこでアルベルトは、その娘の死を知ったそうだ。ダモンは眉一つ動かさず、『あの娘は戦で死にました』と。その言葉を聞いた時、アルベルトは『こんな男が筆頭公爵を務めている国にいたくない』と思ったと言っていた」
前世でも自分を気にかけてくれていた人がいたんだ……。ミラは、目頭が熱くなった。
「そして何より、アルベルトは『自分がダモンの隠ぺいに加担してしまったことが申し訳ない。自分が国王にミラ様のことを進言していれば救えたかもしれなかったのに』と悔やんでいた。その話を聞いて、俺もダモンのことが大嫌いになったんだ」
そんな……アルベルト先生は悪くない!公爵に逆らうことなんて、侯爵令嬢の自分でもためらうのに。
そして、ミラは一筋の涙を流した。
アルベルト先生を少しでも疑ってしまったことを、深く悔いた。
自分のために怒ってくれる人が、前世にもいた。
その怒りを、今も自分の教え子に伝えてくれているのだ。
私の悲しみや悔しさを、私以上に怒ってくれている。まるでローズやアンナみたいに。
「……そのうえあいつ、俺があいさつした時も横柄な態度でさあ。俺は王族でお前は公爵風情だろってんだ。本当にムカついて……って、どうしたんだお前?」
涙を流したミラを見て、王子は驚いた表情を浮かべる。
ミラの中には、色々な感情が渦巻いていた。
自分を想ってくれる気持ちに対する嬉しさはもちろん、自分のために先生がラディアート王国から出て行くことになったのではないかという申し訳なさ、そして、会いたいという気持ち。
「もしかしてお前、アルベルトにものすごく憧れてるのか?」
ミラは今、うまく誤魔化す自信がない。そもそも、ミラはそれほど器用でもない。
色々な感情で胸がいっぱいになっている状態を、レオニス王子の言葉に乗っかって誤魔化すことにした。
「はい、父から聞いた話だけで夢に見るほど憧れておりました」
その言葉を聞いたレオニス王子は、ミラに言った。
「じゃあ、今度会わせてやってもいいぞ。俺が魔法の手ほどきを受ける時、お前にも見学を許してやる」
レオニス王子は、やたらと嬉しそうにその言葉をミラに告げた。
王子の本心は、自分が魔法を使えるところをミラに見せびらかしたい、というものだったのだ。
だが、ミラはそんな王子の虚栄心に気付く余裕はなかった。
「アルベルト先生に会える……!」
それだけで、胸がいっぱいになっていた。




