良い子悪い子
「ごめん、話を戻していいかな?」
ミラが2人に言った。
「私は前世ではラディアート王国の公爵の娘だったの。つまりロベリア王国のパパ……カシウス侯爵の敵だったわけで……」
言いにくそうに言葉を切った後、ミラは続けた。
「私がその戦いでパパに大けがを負わせたかもしれないの」
前世で虐められていたということしか理解していなかったアンナはポカンとしたが、ローズがこれも手短に説明した。ローズは、こういう説明がやたらとうまい。
そうして、死ぬ間際の描写を聞いたアンナは、滂沱と涙を流し始めた。
「そ……そんなの……かわいそう過ぎます……誕生日を楽しみに……していただけなのに……」
言葉も絶え絶えになりながら、アンナは泣き崩れる。
「アンナ、だからと言って怒りに我を失っては駄目よ。あなたがダモン公爵に何かをして処刑されることにでもなったら、ミーちゃんは今のあなた以上に悲しむんだから」
ローズの言葉に、アンナはうなだれながら頷いた。
「ミーちゃん、それであなたはその事実をカシウス侯爵に知って欲しいの?」
ローズのその言葉は、核心をついていた。
自分が嬉々として人を殺していたことは知られたくない。
だが、それを黙っていることは、自分を救ってくれた少女としてその名前を特別視してくれている父親を騙しているようにも感じられるのだ。
「……わからないよ」
ミラはそう言ったが、本当は父親に聞いて欲しかった。
その気持ちを理解したのかどうか、ローズがこう言った。
「ミーちゃんのパパなら大丈夫だよ」
時々ローズは自分の気持ちを先回りして助言をくれるような気がする。
その親友の存在をありがたく思いながら、ミラは父親と話すことを決心した。
***
「自分は殺された……」ということを悟ったミラは、今を大事にするために父のところに行った。
「パパと話したい」という娘の言葉に、喜んで応えるカシウス侯爵。
その父親に、ミラは真剣な顔で語りかけた。
「パパは前に戦場で死にかけたと仰ってましたが、それはルシアンヒルでしたか?」
記憶の中で出てきた地名を、ミラは問いかける。
その時の攻撃隊の中心は自分だ。
あそこでの死傷の多くは、自分の魔法によるものだろう。
その言葉で、カシウス侯爵は「まさか」と思った。
ミラという名前は自分がつけたものだ。
だが、魔法を使える者自体が少ないうえにミラはさらに希少な治癒魔法まで使える。
そして、自分に治癒魔法を使ってはいけないと思い込んでいた……。
自分を救ってくれた少女も、自分に治癒魔法を使おうとしなかった。
これは偶然なのだろうか。
一瞬そんなことを考えたが、もしも自分の娘があの時命を救ってくれた少女だったとしても、何も変わらない。今までどおり、愛し抜くだけだ。
それにあんな死に方をしたのなら、辛いこともあっただろう。
もしもミラがあの時命を救ってくれた少女だったとしても、ミラ自身が何かを言ってくるまでは詮索しないことを侯爵は心に決めた。
そして、ミラの問いに対しては正直に答えた。
「ああ、そうだ。なぜミラはそれを知っているんだ?」
ミラは、涙ぐみながら口をつぐむ。
パパを殺しかけたのが自分だなどと知られたら、また愛されなくなってしまうのではないか。
いや、そんなことはない。
今まで自分の頭に流れ込んできていたのは、前世で死ぬまでの記憶。
目の前にいる父親は、ひたすら自分を愛してくれている。
それでも、ミラは少し怖かった。
「いえ、地理を習っている時に少し……」
そう言って、ミラは誤魔化した。
カシウス侯爵は、そんな娘を抱き締めて言った。
「その時の経験があるから、今の私は幸せな人生を歩めているんだよ」
父のその言葉は、ミラの心に希望を与えた。
それでも、自分のやってきたことが重くのしかかる。
ミラは、何も言えなくなって父親にすがりついて泣いた。
カシウス侯爵は、ミラを抱き締める手に力を籠める。
「ミラにはいろいろと辛いことがあったのかもしれない。でもね、僕やクラリスやノエル、それにローズちゃんやアンナや家の者も君の味方だよ。みんなが君のことを愛しているんだ」
そう言われて、ミラは顔を上げて父の顔を見た。
そこにある涙は、悪戯をして叱られたり、転んでけがをしたりした時の涙とは違う。
その複雑な涙を見て、カシウス侯爵も胸が詰まりそうになった。
10歳の子供がこんな表情をするなんて……。
「私は、悪い子じゃないの?」
「ふふ、僕が言うのもなんだけど、親馬鹿って言葉があってね。悪い子だろうが何だろうが溺愛する親ってのはいるんだよ。でもね、悪い子にはローズちゃんやアンナみたいに君を慕ってくれる子はできないだろうね」
父親の言葉が、ミラの胸に染み入ってくる。
「それにね、兄と妹っていうのも難しいんだよ。僕も妹とは喧嘩ばっかりだったけど、ノエルはミラに優しくしてくれている。ミラもいい子だし、ノエルもいい子だ。僕は、二人に助けられているんだよ」
そこまで言われて、ミラは全てを打ち明ける決心をした。
自分が前世で人を殺していたこと。父親に褒められたくて、嬉々として。
その攻撃が、パパを傷つけたのではないかということも。
その話を聞いた後、カシウス侯爵は優しく語った。
「僕は、ミラに『命は平等で大事だ』と教えたよね」
ミラは、うなだれる。
「でもその時のミラは、それを知っていたかい?教わったことがあったかい?大事な命だとわかったうえで、喜んで殺していたのかい?」
「違います!私は、何も知らなかった!あれが悪いことだなんて……」
「だったらまず責められるべきは、その子供にそう教えた大人だよ。ミラが他人の命令ではなく、自分でやりたくてやったことを思い出してごらん」
前世では、言いなりになるだけだった。ただ、兄のリカルドの怪我を見た時は自然と緑色の魔力が出てきた。今世では、ノエルやローズの怪我、そして何より自分から言い出したのがアンナの病気の治癒だ。
「ミラは、自慢の娘だよ」
父のその言葉に、ミラは許されたような気がした。
前世での自分は、父の言葉で他人を傷つけてきた。
だが、それは自分の意志ではない。
「ミラはまだ子供だ。いや、僕だって完璧じゃない。僕にも間違ったところがあるかもしれない。今後の人生で色々なことを経験して、ミラはそれを判断するんだ。僕の価値観だって、今後の経験で変わるかもしれないしね」
そう言った後、カシウス侯爵はミラに笑いかけた。
「でも、これだけは一生変わらない気持ちだよ。——ミラ、僕のところに生まれてきてくれてありがとう」




