信じる光
アンナは、自分に寄りかかっている同年代の少女の正体を知った。
「え、ご領主さまのご令嬢の……ミラ様?なぜこんなところに……?」
それに対して、父親のロイが説明をする。
「ミラ様は、治癒魔法でお前の病気を治してくださったんだ」
アンナは、疑わしげな顔をする。
「お医者様ができなかったことを?本当に?なんで?」
平民の中にも魔法の才能を持った者はいる。
だが、平民を相手に治癒魔法を使う者などいなかった。
魔法の才能を持っているかどうかを調べられ、才能があるとわかればすぐに国軍に編入されたからだ。
だから、アンナが信じなかったのも仕方がないだろう。
魔法というものが存在することは聞いたことがあるが、それを実際に目にすることはほとんどない。
ロイは、そんなアンナの態度に肝を冷やす。
せっかく治してもらったのに、不敬罪で死刑になりそうなことを自分の娘は言っているのだ。
そんな娘をたしなめ、許してもらおうと必死になりつつ言葉が出てこないロイを制し、カシウス侯爵がアンナの前に立った。
「娘は、『大事な領民の命を救いたい』と言った。理由はそれだけだ」
そう言いながら、カシウス侯爵は自分の至らなさを思った。
治癒魔法をかけながら苦しそうにしている娘を見て、そこまでする必要はないと思ってしまった。
もしもミラに何かあったら、と思うと、頭の中に浮かんできてしまったのだ。
ミラの命の方が大事だ、というささやきが。
でも、自分が教えてきたことだ、命は平等だと。
娘はそれを心から理解し、至らぬ自分に教えてくれた。
カシウス侯爵は自分の不明を恥じつつ、娘の成長を誇らしく思った。
その時、ミラはか弱い声で「アンナさん……良かった」と振り絞るように言った。
その声は、アンナを温かく包んだ。
そして、信じられないという顔をする。
当たり前のことだろう、何故貴族様が自分なんかのためにここまでしてくれるのか。
「父さん……?」
しかし、泣き過ぎて声も出せない父親を見ると、アンナの中にも感情の波が押し寄せてきた。
あれだけ苦しかった日々、最近は「早く終わらせて楽になりたい」とまで思っていた。
それなのに、今はすぐに農作業もできるほど体力がみなぎっている。
アンナは、目の前の命の恩人に言葉を発した。
「ミラさまあ!ありがとうございます!今後の人生はミラ様のために捧げます!」
その声を聞いて、ミラは「人の役に立てた」と思った。
「人の役に立ててうれしい」と思った。
そして、深い眠りの中に落ちていった。
***
次の日にミラが目を覚ますと、半分目を閉じたような女の子の顔が目に入った。
どこかで見たような……と思っていると、ミラが目覚めたことに気付いたその娘は「おはようございます!ミラ様に助けてもらったアンナです!」と精一杯元気な挨拶をしてきた。
よく見ると、真っ赤な目をしている。一晩中寝ないで看病をしていたのだろうか。
ミラは体を起こして、目の前の少女に問いかける。
「アンナさん?もう体は大丈夫なの?」
「……ミラ様あ!倒れるほど私のために力を使ってくださった上に、目覚めた途端私の心配とは!!!」
アンナは、号泣しながらミラに縋り付く。
「私は、私の人生は、ミラさまのために……」
昨日の『人の役に立ててうれしい』という気持ちはさあっと消え去り「面倒臭いことになったのでは?」と思うミラだった。
***
ミラの予想は、ものの見事に当たってしまった。
アンナはミラに忠誠を誓うと言い張り、ミラのお側に仕えたいと言ってきたのだ。
ロイも、カシウス侯爵に「是非に」と頼み込んでいるらしい。
だが前世で平民と罵られ、自分のことは自分でやってきた記憶を持っているミラは、手のかかる貴族様ではない。
そのうえ、カシウス侯爵の教えを忠実に守っているミラは、使用人に厳しく当たったりもしない。
ミラの側に仕えることは、決して辛い仕事ではないのだ。
それなら自分がなりたいという者が続出した。
ただ、カシウス侯爵はミラの精神状態を不安視していた。
急に塞ぎ込んだり、式典で倒れたりするミラを、カシウス侯爵は一人にしたくなかった。
だから、希望者を募ることにした。
それはかなりの人数になり、それだけでミラは混乱した。
嬉しいのか、手をかけてしまって申し訳ないのか。
それでも父の命令なので、誰かを選ばないといけない。
そうなると、自分のことは自分で出来る、と言うか他人にやってもらうと気が引けてしまうミラにとって、一流のメイド技術は必要ないのだ。
さらに知識で選別すると年齢による差異が出るため、不公平も生まれる。
いや別に公平である必要もないし、賢い使用人の方が役に立つことは多い。
ただ教育係は別にいるので、側に仕える使用人に高度な教養がなくてもいいのではないか、とミラは言った。
むしろ、ミラと一緒に学ぶ学友になってくれるかもしれない、というのもアンナの魅力だった。
兄はやっぱり少し上のことを(計算ではミラの方が上だけど)やっているし、ずっと兄の隣で門前の小僧をやってきたミラは、誰かと一緒の方が嬉しいのだ。
結局、ミラも同年代のアンナに側にいて欲しかったのかもしれない。
ローズも頻繁に遊びに来てはくれるが、多くて週一なのだ。
ただ贔屓だけで選ぶわけにもいかないので、面接を行うことになった。
そこでミラは問いかける。
「私の従者になって何を望むのですか?」
アンナは、少し考える。
しばらく時間を置いてから帰ってきた答えは
「考えたこともありません。ミラ様の従者になることが望みです。それ以上の望みなどありません」
そして、アンナは堂々と言葉を続ける。
「私はあなたに命をいただきました。その命をあなたのために使う、それが何かおかしいでしょうか?」
「……」
「もしミラ様が今後も私のように誰かの命を救ったなら、私のようにあなたに命を捧げたいという者がどんどん出てくるでしょう」
「……」
「私は、その当たり前のことをする一番手になりたいのです」
「……あなたは、騙されているのではありませんか?」
ミラは、記憶の中の父親を思い浮かべて言った。
あの男は、私を騙していたのだ。
「ミラ様は、私を騙したりしません!」
アンナは力強く言った。
その目は生き生きとしていた。
それに対して、記憶の中の自分の瞳には、光がなかった。
この子といれば自分は光を取り戻せるだろうか、とミラは思った。
ミラがその記憶を前世のものだと確信するのは、もうすぐ後のこと




