記憶の呪縛
ある日、カシウス侯爵に一日休みができた。
子供たちが大好きな侯爵は、その日にピクニックに行くことを提案した。
ノエルとミラは大喜びし、クラリスは召使にお弁当を作ってくれるように頼んだ。
カシウス侯爵も貴族なので、召使を雇っている。
それは、雇用を生み出す意味でも必要なことだ。
当日は、侯爵領内の景色の綺麗な場所に家族4人と荷物持ちや馬車を運転する召使で訪れた。
花で冠を作ったり、お弁当を食べたりして楽しんだ後、元気が有り余っている子供二人は追いかけっこを始めた。
9歳と7歳の子供たちは、クラリスの「気をつけなさいよ」という言葉もむなしく、はしゃぎ過ぎた。
そして、ミラは転んで足を擦りむいた。
家族が、そして召使たちがすぐにミラを囲んで治療を施す中、ノエルが「ローズにやったみたいに治癒魔法で治せばいいじゃん」と言った。
その言葉に、ミラは
「治癒魔法は自分にかけると毒になるんだよ」
と答えた。その言葉を聞いたカシウス侯爵は、怪訝な顔をした。
「そんな話、聞いたことがないぞ。実際に私は、魔法使いが自分に治癒魔法をかけるのを見たことがある」
それに続いてクラリスも言う。
「前に魔法の力を他人に見せてはいけないと言ったのを気にしているのかしら?私たちの前でなら、そして治癒魔法なら別にいいのよ?」
そこには召使もいたのだが、カシウス・アルヴェイン侯爵は召使を大事にしていたのでそう簡単に主人の秘密を漏らしたりしない。
他の貴族家では、時々召使から秘密が漏れて大変なことになる場合もあるのだが。
しかし、ミラは怖がっているようで、治癒魔法を発動させようとはしない。
そこで、カシウス侯爵は当然の疑問を口にした。
「誰にそんなことを聞いたんだ?」
ミラが魔法を使えることは、自分たち以外知らないはずだ。
だから、治癒魔法を自分にかけてはいけないなどと教える人間がいるはずもない。
それは、前世でダモン・タッカー公爵がミラを使い潰すためにかけた呪いの言葉だった。
だが、以前ノエルに怒鳴られた経験から、ミラは自分の頭の中に生まれてくる記憶を話すことが怖かった。
だから、ミラは何も言えずに涙ぐんでしまった。
そんなミラを見ると、カシウス侯爵は胸が締め付けられるのだった。
「ごめんよ、ミラ。私たちはミラを責めているんじゃないんだよ。ただ最近塞ぎ込むことがあるから、それとも関係してるのかと思ったんだ。ミラが心配なんだよ」
その言葉を聞いてミラは、ローズだけじゃなく家族にも心配をかけていたのだと気付いて余計に申し訳なくなった。
そんなミラを無理矢理問いただそうとはせず、カシウス侯爵は言った。
「今度王国の魔法使いに見てもらおう」
***
カシウス・アルヴェイン侯爵の求めにより、魔法使いがアルヴェイン侯爵家を訪れた。
タルボと名乗ったこの魔法使いは、治癒魔法が使えることで戦争が終わった今でも重用されている。
そのタルボがミラを見て言った。
「このお嬢様は、かなりの力を持っておられる」
カシウス侯爵たちはミラから魔法を見せてもらっていたが、本職からそこまで言われるとは思わなかった。
だから、カシウス侯爵もクラリスも口をあんぐりと開けてしまった。
「そのうえ治癒魔法まで使えるとは、さぞかし美しい心をお持ちなのでしょう」
そう言われたミラは「自分は他人の命を何とも思わず魔法を放つような人間なのに」と思った。
だが、両親と兄はさもありなんとばかりに頷いている。
その様子を見て、ミラは罪悪感で泣きそうになった。
「魔法使い様、それで治癒魔法を自分に使うと毒になるというのは……」
とカシウス侯爵が尋ねると、タルボは
「そのようなことは聞いたことがございません。ミラ様は幼い故、信じ込まされてしまったのではないかと思われます」
「誰が、何のために?」
「それは分かりませんが、ミラ様が生きていては困る人間が吹き込んだのか、それともミラ様の魔法が私の知っているものとは違うのか……」
そう言った後、タルボはカシウス侯爵に刃物を貸してくれるように言った。
いきなり外部の者が刃物を出したのでは、暗殺を疑われるからだ。
カシウスが差し出したナイフで、タルボは自分の指を切った。
「ミラ様、申し訳ありませんがこの傷を治していただけますか?」
タルボのその要請に、ミラは応じた。
タルボの傷は見る見る治っていき、その魔力を感じていたタルボはハッキリと言った。
「この魔法は私のものと同じでございます。ミラ様ご自身に使われても問題はないでしょう。いざという時は私が治しますから、試してみてください」
そう言われて、ミラは自分の指を刃物で傷つけた。
そして、治癒魔法を恐る恐る自分にかけてみた。
緑の光は心地良くミラの指を包み、傷を治していく。
「ミラ様、何か変化はございますか?」
「いいえ、何もありません。とても気持ちが良いです」
タルボはカシウス侯爵に頭を下げ、ミラに向き直って「ミラ様、ご自分に治癒魔法をかけても毒にはなりませんよ」と優しく言った。
記憶の中で唯一自分に優しく接してくれた父。
しかし、記憶の中の父は自分を騙していたのだ。
ミラは、自分を支配しようとする記憶に疑問を抱いた。
この呪縛から抜け出すべきではないか、とミラは思った。




