プロローグ編12/【妖太刀 和至(ようだち かずし)】について02
【和至】は、最初はいけ好かないタイプの存在だったが、【義仁】の人生を通じて、何も持たない者がものを得ていく事の喜びと言うものを知る事になる。
例えば、【茶菓子】1つでも持っている者とそうでない者は反応が異なる。
【和至】にとっては当たり前の事であり、出されたとしても何の感動もない。
それについてコメントする事すらないだろう。
だが、【義仁】は違う。
彼は、
「え?
これ、俺にくれるの?
嬉しい。
ご褒美だ。
今日はラッキーだな。
やったぁ~」
と言う様に喜ぶ。
【茶菓子】1つについても、【和至】に提供されるのは超高級菓子が当たり前となっている。
【義仁】には超高級菓子どころか駄菓子であっても、彼にとってはご褒美である。
【和至】は何でも持っているからこそ、ちょっとした事でも感動出来ない。
【義仁】は何も持っていないからこそ、ちょっとした事でも喜びを見いだす事が出来る。
この違いは大きい。
【和至】は何でも当たり前の様にあるから情緒を感じる事があまりなかった。
それは酷く退屈な毎日だった。
だから、それを打破するために【作家】になる道を選んだ。
だが、何も感じて居なかったから何も思いつかない。
何故、自分には何も感じないのかを考える毎日だった。
その答えとなるのが、【義仁】の反応だった。
【義仁】は何でこの程度の事で?と思える事も大げさに感動する。
何故かと聞くと、
「何でってそりゃお前、これ、俺の物になるんだぞ。
素直に嬉しいじゃねぇか」
と何でそんな馬鹿馬鹿しい質問をするんだと言う反応をする。
しばらくは理解出来なかったが、何も持っていないからこそ、得られた物の価値を正しく理解し、それを喜ぶ事が出来るのだと気付いた。
その瞬間、【神依】が言っていた言葉の真意を理解する。
確かに、【神依】も絶対権力者の1人だった。
彼も恵まれている者であり、ちょっとした物では喜べない。
そのため、常に上を目指す事になり、下々の事は見えない。
つまり上を目指すにも途中からの参加という事になる。
だが、【義仁】は何も無かった。
何も無いと言うことはスタート地点から参加出来ると言う事だ。
何も無いから何かを得ていく度に、感動の嵐が待っている。
【神依】はそれが解っているから、【義仁】の人生を追う方が面白いと言ったのだ。
確かに、【神依】の方が、遙か高みを目指せるかも知れない。
だが、100から1000を目指すより、0から500を目指した方が面白い。
そう感じる様になっていく。
そこからは、【和至】は【義仁】の人生の大ファン、推しになっていく。
【和至】の物語はそうやって、【義仁】の人生を追ってそれを書き記して行く事になる。
時には【義仁】とぶつかり、議論し、そしてより良い結果を目指して冒険していく。
そんな人生が彼の物語となる。
彼については以上となる。




