気を遣わなくていいと言ったアンタが悪い②
「あ、暗殺!? そなたはプロソフ殿を騙し討ちにすると申すのですか!?」
陛下はそう言いながら、血相を変えて立ち上がる。
「そうではありません。見せかけるのです。あたかも、両氏の手の者の仕業であるかのように。飽くまで演出……、言わば政治ショーのようなものです。それゆえ、未遂と申しました。無論、彼には事前に伝えた上での決行となります」
「そ、そうですか……」
俺の言葉に安堵したのか、陛下は戸惑いつつも、再びゆっくりと玉座に腰を下ろす。
「遠縁とは言え、かつての王族と血縁関係にある人間が狙い討ちにされたことを知れば、もはや噂は噂でなくなる……。民衆の中で生まれた両氏への『疑念』は、『確信』へと変わるはず。となれば、自ずと彼を盛り立てる動きも出てくるでしょう。そうして人々の間に、王政復古の待望論が醸成された、その時……。皇国として、プロソフ支持を表明するのです!」
クライマックスとばかりに俺は立ち上がり、ジリリと陛下が腰掛ける玉座にまで近付く。
平然と、己が主君に圧をかける俺を前に、皇国史随一の女傑と言われた彼女も、ただただ目を開け広げて口を噤む。
「血筋は申し分なく、実績も十分。それに何より彼には『民意』が味方している。片や、かつての王族を蔑ろにする逆賊……。客観的に見て、どちらに義があるかは火を見るより明らか。列強をはじめ、多くの国々も、我らの後に続くことでしょう。そうなってしまえば、もはや抗うことは不可能! 勝ち目のない戦と分かれば、両氏も自治権を明け渡し、プロソフ氏に膝を屈するに相違ありません。……良いですか? 資本の力は偉大ですが、腐っても『民主主義』である以上、数は正義。彼らが縛られている呪縛を、今こそ利用するのです!」
「そ、その辺りで! そなたの申すことはよく分かりました!」
堪らずと言った具合に、陛下は両手を前に差し出し、俺を制する。
俺は一礼して、そのまま元に居た位置にまで引き下がり、再び頭を垂れる。
「全く……。久方ぶりに帰還し、何を言い出すのかと思えば……。よくもまぁ、そのような恐ろしい事を考えたものですね」
エルサ陛下はため息混じりに、そう言う。
しかし、すぐに『ふふ』と小さく息を漏らす。
「……ですが、嫌いではありません。実際、私自身もトルドスの国家運営には一家言ありましたから。それに……、とてもそなたらしくて気に入りました。やはり、そなたと話すのは面白い!」
「俺らしい、ねぇ……」
「えぇ、それはもう! 道義心の欠片もない、実に卑劣で悪辣非道なやり方です。まさに三度地獄に落ちても足りない、業の深さ! 流石は謀略の限りを尽くし、数多の勇者候補を蹴落として、その座を手にしただけのことはありますね!」
「いや流石に言い過ぎだろ……。アンタが気遣い無用つったから、好きに喋ったんだろうが」
俺がそう返すと、陛下はクスクスと口元を押さえながら笑う。
「……まぁ正直なところ、皇国としても魔王討伐に割けるリソースが限られていますからね。そなたが上手く彼らをハンドリングし、トルドスを事実上の傀儡国家にしてくれるのであれば、皇国にとってこれほど望ましいことは有りません」
「言い方悪ぃな……。せっかく露骨な表現は避けたんだから、トップのアンタが明言すんなよ」
「何を今更! そなた自身が嗾けておきながら、その言い草は感心出来ませんね。大体、何ですか? 仮にも一国の王を、顎で使おうなどと。これほどまでの不敬、私でなくば国外追放モノであることをよくよく心に留めておきなさい」
「へいへい……。寛大な処置、痛み入りますよ、と」
俺はそう言って今一度頭を下げるが、陛下からの反応はなかった。
恐る恐る顔をあげると、先程にも増してニヤニヤと、不敵な笑みで俺を見下ろしていた。
そんな主君の姿を目にすれば、胸騒ぎは不可避である。
「……何か?」
「いやね! 正直に白状しますと、そなたからの文が届く前に、マーレからも文を貰っていたのです。近々サマリアが、サソフ領の件で直談判にやって来る、と。そこには今しがたそなたが申した方針も、おおよそですが記してありました」
「はーーーーーっ!?」
部屋中に響き渡る大声とともに、俺は思わずその場に立ち上がってしまった。
確かにナザレは『俺がおかしなことをしないように見張れ』と陛下に厳命サれたそうだが……。
ふと、ナザレに目配せすると、『オレは知らん』と言わんばかりに首を横に振っていた。
じわり、と。
だらしなく噴出した冷や汗が頬を伝い、ぼたりと鈍い音を立てて、床に付着する。
全身で、疑心暗鬼を表現する俺を見て、陛下のボルテージはまた一段上がる。
「そ・も・そ・も・の、話です! そなたの下衆さなど、こちらは織り込み済みなのです。今更、そなたの斜め上の計略を聞いたところで、私が面食らうとでも? いやー! それにしても、そなたがそのように取り乱す姿は見ていて痛快ですね!」
陛下はしてやったりといった顔でそう言うと、人目も憚らずに抱腹し、遂には玉座の上で崩れ込んでしまう。
……つくづく食えない御方だ。
陛下は一頻り笑うと、涙を拭い、一転して初孫に向けるのような生温かい笑みを浮かべる。
「……安心なさい。そなたの真意が何かはマーレからは聞いておりませんし、今この場で聞きもしません。先程も指摘したはずです。そなたは『本質』以外に興味がないと。そなたにとっての『本質』とは、偏に世の安寧であり、普く人々の幸福……。そのためには、文字通り全てのカードを切る。国王である私でさえ、そなたにとっては数ある駒の一つでしかないのです。それが勇者サマリアという、一人の人間の『本質』……。そんなそなたが、敢えて何も話さないのです。何かそれに足る理由があるのでしょう」
「随分と買い被られておられるようで……。よろしいのですか? それこそ『陛下の失脚』が、真意かもしれませんよ?」
「いいえ。私はそなた以上に、そなたのことを知っています。そなたがそのような愚かな真似をするはずがありません。私の失脚……、それすなわち、世界にとっての損失を意味するのですから」
「……自意識過剰だろ。ご自身にソレだけの力があるとでも?」
「えぇ、ありますね。私には、そなたが居るではありませんか!」
陛下は満面の笑みを浮かべ、躊躇なくそう言い切った。
やはり食えない……。
だが、これではっきりした。
どうやら俺は、陛下に『特大の借り』を作ってしまったようだ。
こうなったからには、もはやこれ以上の失敗の上塗りは許されないだろう。
「……でも、そうですね。そなたのその『愛国心』に免じ、次回の国際会議ではそなたの提案を議題にあげるといたしましょう。その上で、正式にトルドス側に交渉を持ちかけます。プロソフ殿にも、その旨伝えておきなさい」
「……お骨折りいただき恐縮です」
俺のその返事に、陛下は満足そうに微笑む。
「それと先程より気になっていたのですが……、そこの彼女は?」
陛下はそう言って、跪くシャロに視線を移す。
俺が目で合図すると、シャロは気不味そうな顔で、立ち上がる。
「あ、あの、えっと……、シャロです」
おずおずとシャロが応えると、陛下はまじまじと彼女の顔を舐め回すように見つめる。
「……シャロ、ですね。そなたがこの場に居る理由は分かりません。しかし、そなたのような少女が駆り出されるまでに、今のサマリアは逼迫している、ということは分かりました。この男は、追い詰められると何をするか分かったものではありませんからね。何か無茶な要求をされるようなことがあれば、遠慮なく私に言いなさい」
「は、はい……」
「ふふ。素直で良い子ですね。それでは、勇者サマリア。それにラムラにナザレ。引き続き頼みますよ」
「はっ!」
俺たちが応えると、陛下は玉座から立ち上がり、ゆっくりと奥の間へ向かっていった。




