気を遣わなくていいと言ったアンタが悪い①
「はい。先の魔王軍の襲来の際、プロソフ領からの援軍の進軍ルートを確認したところ、気付いたことがあるのです」
ラムラたちにはあぁ言って納得(?)してもらったが、トルドスの連中相手にいくら俺がやり込めたところで、実際に国際舞台で矢面に立つのはエルサ陛下である。
詭弁は詭弁でも取って付けたようなものでなく、何処へ出しても恥ずかしくない、立派な『大義名分』にお化粧する必要があるのだ。
陛下はそんな俺の算段など知らず、呑気にも『ほう……』と小さく漏らし、関心を示す。
「……陛下もご存知かとは思いますが、鉱脈の利用を制限する世界協定が締結されて以降、プロソフ領の経済は他の三領国に比べ、大きく出遅れています。それは歴代の領主が鉱脈に依存し過ぎたというのはもちろんですが、私としては別の構造上の問題があると考えています。その一つが、地の利の悪さ」
「……地の利、ですか」
「はい。北のシソフ領との境と東の海岸線を塞ぐように聳えるブルカネル山脈。加えて、西のサソフ領とを繋ぐ街道も、碌に舗装もされていない狭い砂利道一つ。道を増やそうにも、山脈麓から連なる広大な樹海に阻まれ、新規開通も容易ではありません。まさに『陸の孤島』と言って差し支えない程です」
「そう言われれば……、確かにそうかもしれませんが」
「人々の往来が極めて限定的なこの現状では、他との差は広がる一方。これは単にプロソフのみの問題でなく、トルドス全体の発展に関わる一大事です! よって少なくとも既存の街道の整備・拡張は必要不可欠……。ですから交渉に当たり、皇国がそれらの旗振り役となることを提案するのです」
「なるほど……。つまり、トルドスにおける地域格差是正の一助を担うことを条件に、サソフ領の統治権の譲渡を迫る、と」
「おっしゃる通り! 要は『支配』ではなく、トルドス全土を巻き込んでの『共同開発』であることを先方に印象づけるのです。飽くまで主目的は街道の整備……。竣工までの主導権を皇国が握るための条約、という位置付けであれば格好も付きます。返還条項付きとしたのもそのため」
「確かに返還ありき、となれば彼らも納得するやも知れませんが……。しかし共同開発ともなると、費用の問題があります。そうなると……」
陛下はそう言うと、心苦しそうに俺の顔を覗き込んでくる。
「確かに……。こちらから話を持ちかける以上、多少の負担が強いられるのは事実。ですが、先程言ったはずです。これはトルドス全体の問題である、と。皇国とトルドスとの『共同開発』であるからには、他の二公爵も知らぬ存ぜぬでは済まされません」
「……ウンスドルフやシソフからも資金を引っ張り込むつもりですか? 理屈は分かりますが。彼らが納得するでしょうか?」
「無論、良い顔はしないでしょう。しかしかと言って、我らが単独で強引にやり込めれば、むしろこちらが国際社会から後ろ指を差されてしまいかねません。それゆえ、陛下には国際会議の場で、彼らに言質を取っていただきたいのです」
「言質……、ですか?」
俺の話に、陛下はますます目をかっ開き、困惑度合いを強める。
「はい。トルドス側の代表団が、どの領国から派遣されるのかは知りませんが、概ねウンスドルフもしくはシソフから送り込まれるはずです。裁定を受ける立場である以上、サソフやプロソフから出すことは難しいでしょうから。そこで陛下には、連邦やラフマストといった列強を味方に引き込みながら、一連の施策がトルドスの発展のためである旨を各国の前でアピールしていただきたいのです。協定調印国挙っての賛同ということであれば、彼らも無碍には出来ますまい」
「それは、そうでしょうが……。この私に空気を盾に、彼らを頷かせろと?」
陛下は頭に手を当て、呆れながらに溢す。
「言葉は悪いですが、そういうことです。二公爵からの協力さえ取り付けられれば、もはやこちらのもの。我らの側の拠出も一時的……、それも形式的で構いません。実際に開発が始まる頃には、経費の出処などあやふやになっています。工費・帳簿の管理をするのもこちらですから、いくらでも遣り様があるはずです。返還条項についても、期限を明記さえしなければ、こちらの都合が良くなるまで、のらりくらりと引き伸ばせば良いだけ!」
……ビジネスセンス皆無の俺だからこそ、断言できる。
他国の国家財政を原資に、実質ゼロリスクで特大のお溢れに与れるこの貴重な機会を、決して逃してはならない。
そんな鼻息荒い俺とは対照的に、我らが女王陛下は口をパクパクとさせていた。
概ね実の主君相手に、粉飾まがいの悪事まで進言する男を前に、失望にも近い何かを感じているのかもしれない。
だが、これしきのことで怯んでいてもらっては困る。
何しろ、本題はココからなのだから。
「そして、肝心なのはココから! プロソフ氏にこれらの施策の最前線に立ってもらうことで、彼に実績を与えます。そこでトルドスの体制転換に向けて弾みをつけるのです」
「お待ちなさい! そ、そなたは、トルドスの統治機構を転覆するつもりなのですかっ!?」
更に弁舌に力が入る俺を前に、陛下は一層刮目する。
「はい。『魔王討伐のための拠点』とは申しましたが、それは飽くまで表向き。言ってしまえば、コレは魔族との戦争集結後の世界を見据えた国家安全保障戦略の一つなのです。此度のプロソフ領併合は、その布石となります」
「……話が見えません。なぜそのようなことをする必要があるのですか? 仮にも友好国に対し、正気の沙汰とは思えません」
当然とも言える陛下の疑問に、俺は咳払いをする。
「……先程、私は構造上の問題があると申しましたが、それは何も『地の利』だけではありません。その最たるものこそ、このカッコ付きの民主主義。一部の有力者たちによるハリボテの『民意』を盾に、権力者が好き勝手に振る舞える現行のシステムは、傍から見ていても極めて歪と言えます」
「それは……、確かにそうでしょうが」
あの時、プロソフには飽くまで『民意次第』などと言ったが、やはり今の体制ではトルドスが一つにまとまるのは難しいだろう。
多少の荒療治になったとしても、やはりここはプロソフに前面に立ってもらうべきだ。
それに……、その方が皇国にとっても都合が良い。
「実際、プロソフ領における民衆の不満は凄まじく、今にも爆発しそうな勢いと聞いています。……考えてもみて下さい。我らが中途半端に介入したことで、ある種彼らを焚き付けてしまえば、ウンスドルフやシソフの領内の至るところで暴動が起きることは必定。ただでさえ、領主が混乱に乗じて国を捨てたという悪しき前例があるのです。罷り間違って、残りの三公爵の一人でも倒れてしまえば、国内はたちまち無秩序状態になるでしょう」
多少話は盛ったが、別段問題はない。
プロソフの領民が不満を抱えているのは事実だ。
肝心なのは、生半可な介入は却って命取りになることをアピールする点にある。
さて……。
この辺りで、ダメ押しといくか。
「無論、混乱の波は国内にとどまりません。仮に、それらの暴徒が過激派のエチェド教徒と結びついてしまえば、その矛先は間違いなく皇国にも向けられるでしょう。そうなってしまえば、我が国も無差別テロの危険に曝されます。この計画を成功たらしめるには、一にも二にも彼らを掌握できる確かな指導者の存在が必要不可欠なのです!」
「そなたは……。皇国として、プロソフを王に担ぎ上げろと、そう申すのですか? 急な王政への移行など、トルドスの民が受け入れられるとは思えませんが……」
「その点もご案じめされますな。トルドスは、元を辿ればオストロフ一族が治めていた王政国家。内乱によりその直系の血筋が絶えた後、当時王家に仕えていた有力貴族……、つまり現在の四領主の始祖にあたる人物らを要とする共和制へ移行した、という背景があります。彼らが未だ『公爵』を称しているのも、その名残り。それゆえ、元来王政との親和性は高く、実際民衆の間には、今でもかつての王族を神聖視する向きがあります。折しも、プロソフ氏はその王族と外戚の関係にある……。担ぎ上げるには、これ程うってつけの人材は居りません」
「そ、そうは言いますが、ウンスドルフやシソフが、納得するとも思えませんが……」
「えぇ、もちろん。彼らにとっては面白い話ではないでしょう。仮に我らの企みを察知すれば、死にもの狂いで抵抗してきましょう。サソフ領を事実上の支配下に置いたとて、力関係で言えばまだウンスドルフ・シソフの両家に分があります。それゆえ、先手を打つ必要がある……」
「先手……、ですか?」
陛下はゴクリと息を呑みながら、聞いてくる。
「はい。差し当たっては諜報部隊を駆使し、トルドス全土において、ウンスドルフ・シソフ両氏のネガティブキャンペーンを展開します。そうですね……、例えば『ウンスドルフ・シソフは、オストロフ一族の家系を根絶しようとしている』と、デマの一つでも流しておきましょう。彼らのやり方に不満を持っているのは、何もプロソフ領の人間だけではありません。そんな中で、そのような噂が流れてしまえば、人々の両氏への猜疑心はいよいよ抑えられなくなる……。その答え合わせとして、プロソフ氏の暗殺未遂事件を起こすのです」




