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食あたりとスパイ容疑と彼女

「ごめーん! サマりーん! 王宮入ったら、急にお腹痛くなってさ! エルサ陛下、私のこと何か言ってた!?」


 マーレの報告の件は別にして、エルサ陛下は、()()に気付きつつある。

 いや、既に気付いているのかもしれない。

 考えてみれば、あの御方が俺の現況に目を光らせていないはずがないのだ。

 俺は陛下のことを、少なからず見縊っていたのだろう。

 頭の中でそんな一人反省会を繰り広げていると、()()()を済ませたマーレが、俺たちの待つ謁見の間近くの渡り廊下に姿を現す。

 ほんの数分前まで、痛みと格闘していた割りには気色もよく、声色もいつもの調子だ。

 全てを出し切った……、のかは定かではないが、両手を合わせ、廊下一杯に響き渡る音量で謝罪してくる姿を見る限り、心配はいらなそうだ。


「……あぁ。そりゃ大変だったな。とりあえずは、何事もなさそうで何よりだ。そんで、お前のことか? 特に何も言ってなかったぞ。お前が陛下相手にスパイの真似ゴトしてくれたっつーこと以外はなっ!」


「あぁ! ゴメンって! でもさ……、ラモンさんたちの目の前でイキナリ『サソフ領をくれ』とか言ったら、絶対面倒なことになりそうじゃん?」


「それは……、確かにそうだが」

 

「でしょ!? 言うにしても、陛下以外の人の耳に入らないようにしないとさ! だから、陛下に言ってテルア殿下の国外遠征の日程を調整してもらったの!」


「……じゃあ、お前は気を回してくれたってことか?」


「うん! 私が手紙に書いたのは、サマりんが事前に言ってたことだけだから。副業とか、借金のこととかは言ってないから安心して!」


 マーレはそう言って、得意げな笑みを浮かべた。


 ……確かに盲点だった。

 仮に謁見の場にラモンが居た場合、話が拗れるどころの騒ぎではなかった。

 テルア殿下の側近という立場である以上、遠征には同伴する必要があるということまで、彼女は読んでいたのだろう。

 どうやら陛下だけに飽き足らず、彼女にもまた一つ借りを増やしてしまったらしい。


「……助かった。流石だ、マーレ。やっぱり俺には、お前が必要だ。結婚してくれ。てかもう養ってくれ」


()()()()()()()、ね!」


 マーレはそう言って、俺にウィンクして見せた。

 対して他の面々は、長年連れ添った仲間に向けるものとは思えない冷え切った視線を浴びせてくる。


「そんで結婚詐欺師……、じゃなかったサマリア総統。次の()()()は?」


「あの、一応言っておくけど冗談だからね? あと、ナチュラルに戦争犯罪人に仕立てようとすんのやめてくれる?」


 ラムラはプイッと顔を横にやり、取り付く島もない様子だ。

 内輪ノリの認識にズレが生じたら、危険信号である。

 これ以上、彼女たちのご機嫌を損ねるのは得策ではない。

 早いところ、本題へ移るとしよう。


「……だがそうだな。まず以て今回の一件で、三大魔神官の存在が世間に割れたワケだ。これで嫌でも、俺たちは残党どもに喧嘩を売らざるを得なくなった」


「そうね……。ただでさえ、ラモンのおっさんにはイロイロと怪しまれてるんだから、ココでグズグズしてるとまた難癖つけられるでしょうね」


「そうだ。ラモンが何をどれだけ知っているのかは知らんが、最低限の()()()とした動きは見せておかんと不味い。これ以上、余計な疑いを掛けられたら堪らん」


「……じゃあ殴り込みに行くの? まだ目立った動きも見せてないのに。危険じゃない?」


「まさにソコだ。仮にラモンが、敢えて俺たちを泳がせているのだとしたら、何かソレに足る理由があるに違いない。あまりグズグズはしていられないが、一先ずはソレを探る。また、それと並行して、戦力の増強も併せて行う」


「戦力の増強? 具体的に何すんのさ?」


「……『ウリエルの聖剣』を買い戻す」


 俺がそう言った瞬間、パーティーに沈黙が訪れる。

 皆の言いたいことは分かる。

 というより、その温度のない白け顔からは、『だから言わんこっちゃない』というメッセージがダダ漏れである。

 もはや、言葉にするのも億劫なのだろう。


「……皆も知っての通り、先のメルカバ戦ではそれなりの苦戦を強いられた。結局トドメを刺したのだって、シャロだしな。後でアバドにも詳しいことを聞くが、残りの魔神官もそれなりの()()()と考えるのが妥当だろう。だからもう、『舐めプ』は終わりだ!」

 

「でもさ。買い戻すって言ってもサマりん、そんなお金持ってんの?」


 マーレはそう言って、人差し指を口に当て、首を傾げる。


「そうだぞー。そもそも、質流れ前提だったんだろ? もうとっくの昔にお前に所有権はないし、買い戻すってなりゃあ、どんだけ吹っ掛けられるか分からんだろうが。何なら、もう他の店に渡ってる可能性だってある」


 マーレやナザレの懸念は、勝手知ったるところだ。

 確かに常識的な物の見方をすれば、至極真っ当な指摘だろう。

 だが、彼女たちは少々前提を見誤っている。


「なぁ、ナザレ。冷静に考えてみろよ。あんな国宝に等しい代物、御上の認可を受けた正規店で扱えると思うか? お前だって、店やってんだから分かんだろ? んなモン、買い取った暁には盗品扱いで事情聴取待ったなしだ。その後の処置は知らんが、どの道皇国には通報される」


「お前、まさか……」


 ナザレはそう呟くとともに、柄にもなく顔面を蒼白に染める。


「あぁ、そうだ! 俺が取引したのは、バッキバキの違法店だ! 足が付くリスクも少ない上に、裏レートの高額査定のオマケ付きだ! それと他に店に渡る可能性がある、とか言ったか? よくよく考えてみろ。何度も言うが、()()だぞ? そんなモン、氏も素性も知れない一介の質店が『本物だ』っつって売り出して誰が信じる? 合法だろうが違法だろうが、持て余すに決まってんだろ! ほぼ百パー捌けない在庫抱えるリスク冒してまで引き受けるアホが何処に居る? 居たとしても、実際に引き受けたあの変態店主くらいだ!」


 ナザレは完全に返す言葉を失っていた。

 何処か本気で呆れているように見えなくもないが、それはきっと気のせいだろう。


「あとな、マーレ。()()()()とは言ったが、そもそも市場価値で測れない商品を、はした金でどうこうしようなんてナンセンスなんだよ。だからココは、『ウリエルの聖剣』と同等か、それ以上に変態店主の性癖を刺激する()()()()を提示するしかない」


「ちょっと待って! ゴメン、アタシ……。今、凄いイヤな予感してる……。気分悪くなってきた」


 ラムラは何かを察したのか、そう言って天を仰ぐ。


「そうだ! 『聖炎のアレキサンドライト』の偽物だ!」


 再び突き刺すような静寂が、パーティーを襲う。

 いみじくもエルサ陛下の言った、『三度地獄に落ちても足りない業の深さ』なるご高説を、余りにも愚直に体現する目の前の男に掛ける言葉など、皆無なのだろう。


「あはは……、いくら違法店って言っても流石に、ねぇ? サマりん、手錠とクサイ飯に興味が湧いたの?」

「社会勉強の一環的な? まぁアンタの場合、こちらから出向かずとも遠からず御縁がありそうだけど」

「食うか・食われるかの世界で、自ら捕食者となる道を選んだってワケか……。さすがはサマリアパイセン、腹の括り方がパないっす!」


 三者三様。

 詳細も聞かずに好き勝手宣うのは、もはや予定調和と言えよう。

 それぞれの真意は不明だが、俺の回答次第で正式に三行半を突きつけられそうな雰囲気だけは薄っすらと感じる。

 

「……まぁ聞け。そもそもの話だ。違法質屋が偽物を掴まされたところで、泣きつける先なんてあると思うか?」


「そ、それは……。ない、かも……」


「そうだ! 弱みを握ってんのは、コッチも同じなんだよ。端から、『ウリエルの聖剣』と天秤に掛ける必要なんてなかったんだ。流石にあの時は良識と倫理観が邪魔して、そんな攻めた発想に至らなかったけどな!」


「ソコに付け込むってワケね……。何ていうか、その……、いや。もう、なんか今更ね。イロイロと」


 俺の話に、ラムラは半ば諦めるように小さくそう溢した。


「まぁ、アッチだって、その辺のリスクも重々考慮しているだろう。目利きに関しては正規店以上に慎重だろうし、何なら鑑定魔法を習得していてもおかしくはない。だがな……。コッチには魔王の妹がいるってことを忘れるな」


「……に、偽物に更に擬態魔法を掛けるってこと?」


 マーレは恐る恐るといった様子で、そう問いかけてくる。

 溢れ出る笑みを必死に抑えながら、コクリと頷く。


「あぁ。シャロは、魔王に次ぐ等級の上位魔族だ。コイツの擬態を看破できるのは、この世でアバドただ一人だ。ネベーラの時のような()()()()()さえなければ、少なくとも交渉の場では誤魔化せる。シャロ、出来るよな?」


「へ? う、うん。たぶん大丈夫……」


 俺の呼びかけに、シャロは戸惑いつつも首を縦に振る。

 思えば、皇国に着いてからというもの、ずっとこの調子だ。

 先のアバドの態度について、まだ何処かで引っ掛かっているのだろうか。


「シャロ。嫌なら断ってもいいのよ?」


 ラムラは、さながら親戚の子を諭すかのように言う。


「そうだぞー。勇者に煽られて詐欺った挙げ句、しょっぴかれるなんてことになったら魔族の沽券に関わるぞ。そういう体裁的なの、お前の姉ちゃんが一番気にするヤツなんじゃねぇの? 知らんけど」


「ううん。ナザレ、それは違うよ。さっきエルサって人が言ってたじゃん? サマリアは本質以外に興味ないって」


「あぁ、言ってたな」


「お姉ちゃん、口では色々言ってるけど、根っこの部分はサマリアと似てるんだよ。だからホントは魔王なんて……、いやっ! ソレをあたしが言うのは反則だね。それにコレはあたしの意思だからさ! てか、そんなん言ったら今更じゃない? こうして、サマリアの人質になってるんだからさ!」


「……そうかよ。よう分からんが、何にせよ無茶なことはすんなよ。お前に何かあったら、オレたちがアバドに殺されちまう」


 ナザレがそう言うと、シャロは困ったように笑う。

 ふと、その時。

 要領を得ない話に終始するシャロの姿を、酷く沈痛な視線で見つめるマーレに気付く。


「マーレ、どうした? まだ体調悪いのか?」

「……へ!? ううん! 全然! この通り、ピンピンしております!」


 マーレはそう言って、両腕を上下させ、大げさに応えて見せる。


「ほんで、サマりん! その違法の質屋さんとやらは、何処の国にあるのかにゃ?」


「あぁ。南方の大陸国家・ラフマスト王国だ」


「ラフマストって、アンタがサソフのオッサン押し付けたとこだっけ?」

「紹・介・な! 偶々、向こうの将校の一人にツテがあったからな。しばらくはソイツんとこで、大人しくしといてもらうことにしたんだよ」

「似たようなモンじゃない……」


 やはりラムラに限らず、今回ばかりはレスポンスが思わしくない。

 混じり気ゼロの純度100%の犯罪予告の前には、一同眉を顰めるしかないようだ。

 

「……まぁそんな、心配すんな! 全部終わった後に、菓子折りの一つでも持って、土下座すればきっと分かってくれるさ! 事情があるのはお互い様なんだからな! はっはっはっ!」


 俺がそう鼓舞したところで、結局気休めにもならず、解消しない白けムードを前に、今後の行く末を案じることしか出来なかった。


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