詭弁と逆ギレで全ての不都合を覆い隠せ
「うわー! 何か、めっちゃ懐かしいね〜! てか、皇国に来るのなんてリアルに3年振りじゃん!? 何気に結構経つんだね〜」
「そうね。てっきり、次に来る時はアバドの討伐報告になると思っていたけど、まさかこんなことになるなんてね。世の中分からないものだわ」
「そういや、さっきソコの武器屋の親父、『勇者様御一行、凱旋!』って横断幕、慌てて引っ込めてたぞ」
「そう……。何か、申し訳ないわね」
トルドスの一件から、二週間が経った。
諸々の事後処理も一服し、我が勇者パーティーは約3年ぶりに故郷・ヴィジュニッツの地を踏む。
出立前、陛下宛に『近日中に帰ります』と、ご丁寧に一筆したためたことが悪手だったのか。
城下の街に足を踏み入れるなり、勇み足気味の『祝賀ムード』が俺たちを出迎える。
悪気なく、期待に満ちた爛々とした視線を突き刺してくる各位に、『あっ、すんまへん。まだ魔王はん、ピンピンしてはります、はい……』などと誤解を解いて回ることが、どれだけ屈辱的だったかは筆舌にし難いものだ。
肩透かしを食らい、取り繕うように笑った人々のあの破顔は、生涯脳裏に焼き付いて離れないだろう。
「……ねぇ、サマリア。お姉ちゃん、怒ってると思う?」
そんな中、我がパーティーにおける新入りの少女が俺の袖口を引っ張り、おずおずと聞いてくる。
……今更ながら、シャロのことはどう話せば良いのだろうか。
ただでさえ、この拗れきった現状だ。
何処に、残りの魔神官なり、『脱魔の王』なりと繋がっている輩が潜んでいるかも分からない。
無論、それは皇国とて例外ではなく、本音を言えば陛下とは引き合わせたくない。
しかし、あれだけ派手な動きをしていれば、少なからずシャロのことは伝わってしまっているはずだ(副業やカルト教団の件はともかく)。
もはやこうなった以上、正々堂々紹介した上で、上手く誤魔化すほかない。
ヘタに存在を秘匿した結果、噂が独り歩きし、『世界に冠たる超大国が国運を賭して育て上げたのは勇者ではなく、小児性愛者だった』などという、根も葉もないフェイクニュースが国内外に伝播してしまえば、皇国の沽券に関わる。
さて、そんな俺の懸念など知る由もない彼女の関心は、他に向いているようだ。
どうやら、シャロは自身の行動によって、たった一人の姉の機嫌を損ねてしまったと思っているらしい。
「あぁ? アバドか? 別に怒ってるワケじゃないだろ」
シャロにはそう言ったものの、実際のところアバドが何を考えているかなど、分からない。
正気に戻ったプロソフたちであれば、皇国へ帰参する俺たちと入れ替わるカタチでサソフの屋敷を訪ねてきたが、アバドについてはアレ以来音沙汰なしだ。
確かにあの時のアバドからは、ただならぬ空気を感じた。
普段の彼女であれば、妹の手柄をこれみよがしに恩着せがましく、ひけらかしていたに違いない。
「そ、そっか……」
シャロは、なおも釈然としない様子だった。
確かに現状確信は持てないが、あのシスコンが最愛の妹相手に本気で怒るなどというのは、やはり考えにくい。
むしろ、逆に思える。
『贖罪意識』とまでは言わないが、姉妹愛とはまた違った感情が燻っているのかもしれない。
そんなことを考えていると、メイン通りの向正面から、聞き覚えのある声が響いてくる。
「これはこれは! サマリア殿! お久しゅうございますな〜!」
視線を向けると、目が眩むほどに鮮烈な赤色の貴族服を着た小太りの男が、人を食ったような笑みを浮かべて、こちらに向かって手を振っていた。
溜め息の一つも吐きたくなるが、ココで露骨に『ゲンナリ感』を全開にするわけにもいかない。
なんせ、男の隣りに居るのは……。
「……テルア殿下。ご無沙汰しております」
俺はシャロの頭を抑えつつ、跪く。
追うように、ラムラたちも頭を垂れた。
粗野な外套を羽織っていても、その高貴な佇まいで分かる。
目元まで、すっぽりとフードを被っていながらも、その奥から薄っすらと垣間見える金色の髪と切れ長の目は、エルサ陛下に負けず劣らずの気品を感じる。
「で、殿下っ!? 皆! テルア殿下のご来臨だ!」
俺たちの跪居を合図に、その場は涌き立ち、皆一斉に跪く。
人々のその様子を見たテルア殿下は、溜め息混じりに外套のフードを外す。
「ラモン……。微行と言ったはずだろ?」
「はて? 左様でしたかな? 不肖、私としては今こそ、殿下の威光を万民に示す好機と考えますが」
「そんなこと……、姉上を差し置いて、しとうない……」
「はいー!? 何かおっしゃいましたかなー!?」
ラモンは耳に手を当て、嫌味ったらしく宣う。
「……何でもない」
ラモンのその取り付く島もない態度に、テルア殿下は諦めるようにそう溢す。
すると、ラモンは当てつけのように溜め息を吐く。
「……良いですかぁ? 殿下。そろそろ、ご自覚を持たれませ。現帝のエルサ陛下にお子が居られぬ以上、殿下は皇位継承第一順位の御身。もし陛下の身に何かがあれば、皇弟であるあなた様にお鉢が回ってくるのは必定! それを広く世に知らしめることこそが肝要! ただでさえ、近頃の皇国の権威は失墜の一途を辿っているのです……。ココで、徒に下手に出てみなされ! これ幸いにと、あなた様へ不敬を働く不埒者が現れるに相違ありません!」
ラモンは王族相手に、意気揚々と能書きを垂れる。
もはや、この場に居る誰もが、『不敬はお前だ』と喉元まで出かかっているに違いない。
ここまで好き勝手言われれば、テルア殿下でなくとも言いたいことはある。
「……まるで『何かあること』が前提みたいな言い方だな」
「なにぃ?」
跪いたまま俺が言うと、ラモンは敵意全開の眼差しで見下ろしてくる。
「いえ、別に……」
「サマリア殿。何か思うところがあるのなら、この機会に申されよ。あなたも、陛下の采配のもと、何かとご不便な思いをされることもあったでしょう」
「……何が言いたいんだ?」
俺が聞くと、ラモンは待ってましたとばかりに不敵に目を細める。
「えぇ、もちろん! サマリア殿がこの3年間、どれほどの成果を上げられてきたのかは既に聞き及んでおります。ですが、それにしても些か時間が掛かり過ぎている気がしないでもないというか……、いえ! 決して、あなたの実力を疑っているわけではなく! ただもし……、本来受けて然るべきサポートを受けておられないことが原因であれば、それは皇国としても国家の威信に関わる由々しき事態! 私の邪推であれば良いのですが……」
ニタニタと。
確信犯とも言うべき笑みを浮かべて、ラモンは言う。
「邪推、だな……。魔王アバドは、想定の数倍強かった。ただ、それだけの話だ。それ以上でも、それ以下でもない」
淡々とそう言った俺に対し、ラモンは『ほう』と呟き、やたらと湿度の高い視線をぶつけてくる。
「……時に、サマリア殿。何やら、連邦の方でいかがわしい邪教が流行っているという噂を耳にしたのですが、何かご存知ありませんかな?」
ラモンが静かにそう言った瞬間、ラムラたちは一瞬身体をびくつかせる。
シャロに至っては、眉をハの字にして俺の顔を見上げてくる。
「邪教……、とは?」
俺が聞くと、ラモンはその薄ら笑いを加速させる。
「いやね! 何でも、『唯一神・エチェドの代弁者の女神が居る』だとか宣っておるそうで……。偽りの教義を広め、原初の教えを歪めるなど言語道断! それは紛うことなき、主神への冒涜……、ひいては皇国への侮辱に相成るゆえ、こちらとしても神経を尖らせていたところ。しかし何分、我が国と連邦とは折り合いが悪く、ロクに情報も得られませんからなぁ。世界各国を渡り歩いておられるサマリア殿であれば、何かご存知かと思い聞いた次第! いかが、ですかな?」
ラモンは、わざわざシャロの目と鼻の先まで近付き、聞いてくる。
その余りの圧に、シャロはダラダラと冷や汗を流し、震え上がる。
どこまでかは知らないが、この男が何かしら掴んでいることに間違いはなさそうだ。
「……さぁ、知らんな。だが、仮にそうだとして、だ! 何で皇国が率先して動かなきゃならねぇんだよ? ウチはいつ、『信徒代表』になったんだ? 単に、人口が多いってだけじゃねぇか。信教の自由も、エルサ陛下が認めて下さっている……。さっきから偉そうなことばっか言いやがって。アンタこそ、ホントに理解してんのか? 聖典『ホルノステイペル』、その第三章には何て書かれてあるか、言ってみろ!」
「ふんっ。小賢しいことを……。そうですね。確か冒頭の一節は、『“信”の貌は千差万別。己が釈義に溺れるものは、世の真理を見失う』……、でしたか?」
「そうだっ! そもそも主神様に直接会った人間なんて、この世に一人もいない。だから、教義の解釈なんてモンは曖昧であって然るべき何だよ! 断言出来るものなんて、一つもないんだからな!」
「詭弁を……。現実問題として、開宗より二千年余り、今の今まで分派などは生じていません。今更、新たな解釈が必要とは思えませんがね!」
「そりゃ思考停止ってヤツだろ? 大体、宗教なんてのは目的じゃない。飽くまで、人々が救われるための手段であるべき存在だ! エチェドの言う『世の真理』ってのは、そういうこっちゃねぇのかよ? 違うのか!? あぁんっ!?」
「もうよいっ! その辺りにいたせっ! 民も見ておるわっ!」
テルア殿下は、俺たちのやり取りを掻い潜り、叱責する。
「失礼、いたしました」
俺は頭を地面につけ、深々と平伏する。
「……サマリア。城で姉上が待っておられる。早々に向かうがよい」
「はっ!」
テルア殿下は小さく頷くと、そのまま城下の東門を目指し、歩いていく。
「確かに……、教義の解釈は一概に言えるものではありません。ですが、それは飽くまでそちら側の話。仮に事実であれば、やはり看過出来ぬ事態。テルア殿下が即位された暁には……、討伐軍を手配せざるを得ませんな」
ラモンは去り際に俺の耳元でそう囁き、ニヤリと不快な笑みを浮かべる。
それを見て、俺が顔を歪めたのを確認すると、ラモンはテルア殿下の元へ小走りで駆けていった。




