俺の尋問から逃げられると思うな!
「勇者サマリア。すまぬが、我は先に帰るぞ。プロソフたちは、一度サトマールへ連れていくが異存ないな?」
リフレクションの反転効果を受けたシャロの『キュアオール』により、メルカバは跡形もなく消え去った。
もはや、勇者の俺でさえ関知し得ない目の前の現実を受け止めるだけで手一杯である。
シャロがこの土壇場に、何を思って行動に出たのかは知らないが、少なくとも彼女なりに腹を括ったことに間違いはなさそうだ。
それが意味するものは、果たして何なのか……。
アバド含め、この場に残る誰もが、底知れない不気味さを感じているのだろう。
いずれにせよ、俺はアバドに問い質すべきことが山ほどある。
ところが当の彼女は、そんな俺の目論見を封じるように、早々と帰還を告げてくる。
いつになく沈痛なトーンで溢す彼女を見るに、やはり先のシャロの行動には一家言あるようだ。
「……ちょっと待て。だったら、シャロも連れていけよ」
「何だ? 大事な人質ではなかったのか?」
「そういうこっちゃねぇよ……。早く解呪しねぇと、プロソフたちが完全に魔族化しちまうだろうが」
「……お主の想いは分かるが、既に手遅れだろう。『恭順』の念は、言ってしまえば強制的な隷属契約だ。一方的なものとは言え、魔族にとっての誓約は、一生涯が原則だ。それは呪詛を上書きしたところで、反故になることはない。時系列に沿って言い換えるのであれば、我との約定以前に、既に契約を通じてメルカバにその生涯を捧げている、ということになっておる。となれば当然……、呪詛の影響は此奴らの精神の奥深くにまで浸透しているはずだ」
「要は、『解呪』と『上書き』は別ってことか……」
「そういうことだ。もはやシェオルの力を以てしても、此奴らの魔族化を防ぐことは難しかろう。すまぬな」
「いや、お前が謝んなよ。それもこれも、俺がメルカバの罠に嵌ったツケだ。俺たちにしろプロソフたちにしろ、こうするしか生き残る道はなかった……。そうだろ?」
「そう、だな……」
アバドはそう言うと、一層苦悶の表情を浮かべる。
それにしても、『キュアオール』の特性に関してここまで理解があるところを見るに、ネベーラたちの情報統制は、まるで意味を為していないようだ。
果たして、アバドは『伝承』についてどれだけ知っているのだろうか。
「一過性とは言え、諸々の反動でプロソフたちの理性は極めて不安定な状況にある。そんな状態でこちらに置いては、何かと不都合が多いだろう。落ち着くまでは、我が面倒を見よう……。案ずるな。我の眷属であるということは、その手綱を握るのもお主だ。煮るなり焼くなり、好きにいたせ。そういう契約であったであろう?」
「あ、あぁ、それはそうなんだが……」
「それと……、コレはお主が持っておくがよい」
アバドはそう言って、『覆滅のカーネリアン』を投げ渡してくる。
彼女の手元から離れたソレは人肌程の熱を帯び、その役目を終えたとばかりに赤黒く鈍い輝きを放っていた。
「女魔帝。では私が先導を」
「無用だっ! ラアト……。お主は、後詰を頼む。それと彼奴のエモノも回収しておけ。お主には、新たに『冥濛のスピネル』の保全・管理の任を与える。二度と……、邪な輩に付け込まれぬよう厳重にいたせ!」
「は、はぁっ!」
メルカバの後任を命じられたラアトは、戸惑いながらも大声で敬礼する。
「それから、勇者サマリア。追ってお主に……、話さねばならぬことがある」
「……そりゃ奇遇だな。俺もお前に聞きたいことがたっぷりあんだよ」
「であろうな……。折を見て、連絡いたす。では、シェオルを頼んだぞ」
アバドはそう言って踵を返すと、プロソフたちとともに本拠に向け、馬を走らせていった。
シャロは、そんな何処かナーバスにも見える姉に目を呉れることなく、メルカバの居た痕跡を、いつまでも呆然と見つめていた。
「……そういや、ラアト。コレ、知ってるか? お前の元上司が作ったモンらしいんだけどよ」
遠征の目的の一つを達成したにも拘らず、戦火の跡にはなおも染みったれた空気が満ち満ちていた。
そこはかとない居心地の悪さを隠すため、俺はラアトに疑問を投げかける。
ラアトは俺から『覆滅のカーネリアン』を受け取るなり、それを掌の上で転がしながら、まじまじと見つめる。
「女魔帝から聞いてはいたが……。やはり、あの男は私を排除しようとしていたのだな」
一頻り眺めると、ラアトは溜め息混じりにそう呟く。
「どういうことだ?」
「この宝玉の効力は承知であろう? 所持者の呪詛の効果を飛躍的に高める、と。それはつまり……、一族の中で私にしか扱えぬ『増強』の念とほぼ同じ役割、ということだ。呪詛を主に扱うあの男にとっては、まさに切っても切れぬ代物だ」
「いや、それは分かんだけどよ……。お前は、ネベーラの下にいたじゃねぇか。何でわざわざこんなモン作んだよ?」
「簡単だ。あの男は恐れていたのだろう。いつの日か、私と女魔帝が繋がり、自らに仇なす存在になることを。それゆえネベーラは、その役割を為す代理品を作り上げた……、いや。むしろ、代理品は私の方か。いずれにせよ、私を消す事を算段に入れていたのは間違いない。ヤツの行動原理を辿れば、そうとしか考えられん」
ラアトは頭を横に振り、呆れながらに言う。
確かに話としては理に適ってはいるが、恐らくそれだけではない。
『邪光のアレキサンドライト』や『冥濛のスピネル』がそうであったように、『覆滅のカーネリアン』も、人族にとって由緒ある宝玉をモチーフにしていると、メルカバは言っていた。
しかし、未だかつてそれに該当するものを俺は聞いたことがない。
この一連の黒幕が、人族側にいるのか魔族側にいるのかは定かではない。
だが、仮にそれが『聖炎のアレキサンドライト』のように、魔族の脅威となる存在なのだとしたら、間違いなく双方にとってのカードになる。
何なら、既に黒幕の手に渡っている可能性すらある。
その辺りも含めて、明らかにする必要があるだろう。
「……皇国の勇者よ。このようなことが露見した以上、もはや我らに遠慮はいらぬ。全力で残党どもを片付けるがよい」
「だから俺に命令すんな! ……ものには順序があんだよ。借金の目処が立っていない以上、俺が今急いで残党たちを始末する理由はない。残りの魔神官も、まだ表立ては動いていないみたいだしな。大体、端からお前らなんかに遠慮してねぇっつーの」
「ふっ。貴様らしいな……。何はともあれ、皇国の勇者。まず差し当たっては、敵と味方を見極めることから始めよ。その上で、ヤツらの目的を明らかにするのだ」
「……わーってんよ。そのためにも、だ! お前には、『覆滅のカーネリアン』の元ネタの宝玉について、調査を頼みたい。出来るか?」
「それは構わぬが……、貴様はどうするのだ?」
「俺か? 俺たちは一旦、皇国に戻ることにするよ。諸々の情報収集もそうだが、サソフ領について、陛下に直訴しなきゃならんしな」
「そうか……。承知した。宝玉については調べがつき次第、女魔帝に報告しよう。それではシェオル様……、失礼いたします!」
ラアトはそう言って会釈すると、シャロの返事を待たずに、供回りの兵を連れアバドの後を追っていった。




