結局最後に持っていくのは、若くて顔の良い女 again ①
「ば、ばかなっ! 術式の反転効果は、未だ健在のはず!」
俄には信じがたいとでも言いたげだった。
ホクホク顔で成果を報告するアバドを前に、メルカバは俺との戦闘そっちのけで目を見開く。
「あぁ。確かにその通りだ。俺がこうしてお前ごときに手こずっているのが、その証拠だよ。だから、『キュアオール』は使えない。ただな……」
「フッフッフッ! どうやらお主の呪詛は、プロソフたちの身体に回り切っていないようだったからのう。付け入る隙があって助かったわ! この者らがお主の完全な眷属と化し、耐性をつけてしまった後では、こうはいくまい! しかしまぁ……、これほど上手い具合にキマると面白いのう! お主のコレが役に立ったわ!」
アバドはそう言うと、意気揚々と懐から『覆滅のカーネリアン』を取り出し、メルカバに見せつける。
「ま、まさか……。儂の『恭順』の念を上書きしたというのか!?」
メルカバはそう言うと、説明しろと言わんばかりに俺を凝視する。
「お前の口ぶりからすると、どうやらアバドがネベーラの眷属を引き抜いて、呪詛を習得したことは知らされていなかったみたいだな。あぁ、お前の言いたいことは分かるぜ? 『どうしてボブル族のアバドが……』、だよな?」
俺がそう問いかけると、メルカバは目を見開いたまま、返す言葉を失う。
ボブル族の源流にあたるエルフは、そもそも呪詛によって絶滅一歩手前まで追いやられた種族であり、その貴重な血筋を残すために呪詛の抗体のある魔族と交配した、という背景がある。
そのためボブル族には、伝統的に呪詛を忌避する風土が根付いており、アバドとてその例外ではないと、メルカバは踏んでいたのだろう。
「……俺も触り程度の知識しかないから詳しいことは知らんが、お前のその反応は至極真っ当だよ。そりゃあ、まともな神経してたら、アバドが呪詛を使うだなんて思わねぇよな。ただな……。お前は、アバドを過大評価している。知ってるか? ソイツ、ネベーラの部下から興味本位で呪詛を教わったらしいぞ?」
「なにっ!?」
するとメルカバは勢いよく、アバドの方に視線を向ける。
「あぁもう! 一言目には、『魔王としての矜持』だの何だの一丁前なことほざいておきながら、とんだ口だけ野郎だよ! オマケに重度のシスコンときたもんだ。そりゃあ妹を守るためなら、古巣の禁忌の一つや二つ、平気で犯すだろうよ」
「ぞ、俗物め……」
メルカバは一言そう溢すと、驚愕とも軽蔑とも取れるような表情を浮かべる。
「のう、メルカバよ。お主はさも、己が呪詛の玄人のように振る舞っておるが、本来マジェル族は霊峰・ホヴニル山脈に本拠を置く高貴な血族。呪詛の発動を著しく阻害する霊気を日常的に浴びている影響で、元来呪術の類とはすこぶる相性の悪い民族だ。混血とは言え、その血を引くお主も例外ではあるまい。加えて、この『覆滅のカーネリアン』だ! 我が、お主ごときの呪詛を上書きするくらい造作もないことは、いくら愚鈍なお主でも理解出来よう?」
アバドは意趣返しとばかりに、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて言う。
そんな彼女を前に、メルカバは一層その目を丸くさせる。
「……あぁ、そうだな。確かにお前の言う通り、アバドは俗物そのものだよ。じゃなかったら、こうして俺に従ってねぇだろ。結局コイツは、『ボブル族』や『魔王』である以前に、一人の『姉』なんだよ」
俺がそう言うと、アバドは何故かバツが悪そうに視線をそらす。
やはり彼女は不本意ながら、魔王としての道を歩まざるを得なかったのだろうか。
であれば、シャロに頑なに出自を明かさなかった理由も、そこにあるのかもしれない。
「メルカバ……。余裕ブッこいて、むざむざ敵に塩を送るような真似をしたのが運の尽きだったな。おかげでお前のつくった即席魔族軍は、才色兼備・清浄潔白の女君主を支える屈強なガチ恋集団に生まれ変わった。間抜けもここまでいくと笑えねぇよ」
「……だから、どうしたというのだ? 端から貧弱な人族どもなど、当てにしておらんわ」
メルカバはそう言って、再び俺に向き直り、双剣を構える。
「お手本のような負け惜しみは、結構なんだけどよ。お前、何か大事なことを忘れてないか?」
「……何?」
「『何』じゃねぇよ。さっき、自分で言ってただろうが。『術式の反転効果は続いている』って。シャロがこうしてピンピンしていることの意味を考えてみろ。お前だって、見たよな? プロソフたちが『キュアオール』で悶えてる姿を」
俺がそこまで言うと、メルカバの顔面はみるみるうちに青ざめ、眉間からはジワジワと汗が滲んでいく。
メルカバは、それを隠すように顔を下に向ける。
勝負は決まった、か。
「なぁ、メルカバ。一つ、確認させてくれ。お前に与えられた本当の役割は、トルドスを人族の手によって統一させ、国家の意思統一を図ることだった……。違うか?」
「……であれば、何だというのだ?」
「それは肯定ってことでいいのか? なら、その前提で続けるぞ。……そもそもお前の飼い主さんは、少なくとも現時点でアバドと敵対するつもりはなかった。実際、お前自身もその前提で事を進めていて、万が一プロソフに不測の事態があれば切り捨てるつもりでいた。だが……、上の方で何かしらの『方針転換』があったんだろう。だから、お前は突貫工事で策を拵える必要があった」
俺はそう投げかけるが、メルカバは俯いたまま、何も応えない。
『方針転換』とは言ったものの、密偵がラアトやアバドの呪詛についてだけ報告しなかったのは、意図的だった可能性が高い。
概ね、メルカバが計画の障害になり得ると判断し、俺が討伐に動くように仕向けたのだろう。
「……具体的にはこんな感じか? まずお前がこうして俺を引きつけている間に、眷属化したプロソフたちにアバドとシャロを片付けさせる。その後は、残りの公爵家を嗾け、トルドス全土を平定させる。誰でもいい。首都を抑えるウンスドルフ辺りか? ソイツを担ぎ上げて、本格的な王政へ移行させれば、一応は本来の役割を果たせる」
プロソフ共々、メルカバが捨て石になることは既定路線だった。
そう考えれば、ここまで俺たちが誘導されてきた道程も腑に落ちる。
そして、それは……。
メルカバの口振りから察するに、本人も気付いているのだろう。
「……プロソフたちがアバドに降り、シャロも健在の今、お前の目論見は完全に外れた。なんせ、お前が俺に勝つためには、テメェの得意な条件を整えた上で、タイマン勝負に持ち込む必要があったんだからな。お前のこの策略……、端から短期決戦であることが大前提だったんだよ」
メルカバは、なおも俯いたまま、口を噤む。
だがしばらくの後、不意に顔を上げ、ニヤリと不敵に口角を上げる。
「皇国の勇者よ……。よもや、勝ったと錯覚しているのではあるまいな? 汝こそ重大なことを忘れておるわ。出来得ることなら、この手は使いたくなかったが致し方あるまい」
メルカバはそう言うと、突として立ち上がり、翼を広げ浮遊する。
「むっ!? や、やめよっ! メルカバ!! 血迷うでないっ!!」
アバドは懇願するように制止するが、メルカバはそれを振り切り、天高く舞い上がり、左手に持った剣を掲げる。
すると鍔部分に埋め込まれた『冥濛のスピネル』が、怪しく藍色に光る。
「紺碧を統べる深淵の竜よ……。今ここに。奔流を糧に顕現せよ!」
メルカバの詠唱に応じるように、四方から轟音を立てながら、水流が押し寄せる。
濁流は、メルカバが天高く掲げた剣を目指して進み、やがて『冥濛のスピネル』に吸収されていく。
「……『冥濛のスピネル』は周囲の河川の水を吸収し、干上がらせる術式が付与されている。しかし知っての通り、汝の放った術式により、むしろ宝玉内の放出圧力は飛躍的に高まっている。そのような中、力任せに水流を取り込もうとすればどうなるか……。ここまで申せば、分かるであろう? のう、皇国の勇者よ!」
メルカバは不気味にほくそ笑みながら、滔々とそう語る。
万事休すかと思われた、その時。
アバドにぴたりと掴まっていたシャロは腰に回していた手を離し、すとんと下馬する。
そのままつかつかと無警戒に歩み出し、メルカバのちょうど真下あたりで立ち止まると、その小さな両腕を掲げる。




