11 そして聖属性の持ち主は 3
王子は言う。
「このレイナこそ真の聖女!」
と、大きな声で。
レイナは思う。
(何を言っているんですかこの方は!)
前を見れば聖女と言われている貴族の姿。その姿は美しく、同じ悪魔だと思えないほどであった。
レイナは聖女などではない。そんな力はレイナにはない。使えるのは誰でも使える道具のみだ。あれは魔力を扱う術を知らなくても使えるのだから。
周囲の貴族も「聖女はロレーヌ様だ!」と怒り狂っている。
それを見てレイナは身体を硬くする。あぁ、この皆様方に私は殺されるのだろうと。
その間にも王子はレイナが癒してくれたのだと言う。
確かに癒した。癒しはしたが、それはあのまま王子を他の方の元へ連れ出せば、王子の顔に傷をつけたとして処刑されてしまうからだ。自己保身にすぎない。
実際にそこまで短慮ではないが、そういう主張をしかねない貴族は沢山いる。
「その治癒魔術は特別な光を伴っていた。彼女の心根が美しいからだろう」
(そんなことありません!)
レイナは首をブルブルブルブル、横に振ったが、誰も見ていない。まるで犬が全身の水分を弾き飛ばすように首を振っても、誰の目にも留まらない。それだけロレーヌ・レ・エヌマリシュという存在は特別だった。
「彼女は幼いころより特別な光を放つ癒しを扱えたそうだ」
などと王子が言い始めた。
(そんなこと、一言も言っておりませぬがっ!?)
レイナが言ったのは全く意味が違う。
王子が「その癒しはいつごろから出来たのだ?」と聞いたから、レイナは「いつ頃(この魔道具が)出来たのか、私には分かりかねます」と答えた。その結果王子は「物心つく前から癒しを使えた」と判断したようだ。
レイナにとって覚えのない特別な力が王子にとっては真実になっている。レイナは身体をプルプルと震わせる。
さらに「王子に虚偽の報告をした」と言われ、断罪されるのだ。今日この場で! とまで考え、顔を青褪めさせた。
「はぁ。で、その聖女様はなんと?」
ロレーヌが問うた。
「ロレーヌ。貴様を偽物だと。私もそう思う。貴様のしていることはインチキだと」
王子が意味の分からない言葉を放った。
(やはり悪魔! そんな事一言も言っていないし言えるわけないし!)
かつて王子はレイナに問うたのだ。「聖女だ聖女だと持て囃されている痴れ者が居る。だが私にはあれが聖女などとは到底思えん。偽物に決まっている。レイナはどう思う?」と。
当然レイナに王子の言葉を否定など出来るはずがなく。さりとてその『聖女と持て囃されている痴れ者』が誰なのかも分かっていなかったので肯定も出来ず。ただにっこりと笑って答えなかった。この時には既に「答えにくい質問は笑ってはぐらかすものだ」(明確な答えを返すな)という教えを実践できる程度には貴族らしい態度に慣れていた。……勿論、その意図が相手に正しく伝わるかは相手次第。
王子はその態度が肯定であると取った。……流石はぼんくら王子。
幾らレイナが明確に否定しなかったからといえ、普通に貴族教育を受けていれば「そうですね」と解釈するはずがない。だが王子は傀儡とするべく貴族権威主義の教育者によって育てられた。自分の考えることは間違いないと無駄に自信を漲らせていたのだ。
レイナがアワアワとしながら「どうしてこうなった」と過去を想い馳せている間にも王子は話を進めていく。
「聖女は心根がとても優しく美しいものだと聞いたことがある。レイナと話をしていると、インチキの聖女の力で金を儲ける等言語道断ではないかという話になってな」
もうすでにお分かりであろうが、レイナは断じてそのようなことを言っていない。
レイナは貴族相手にそのような事を言ったと知れたら即座に首を刎ねられると思っているのだから、そのような台詞、舌を抜かれても言うはずがない。
悪魔の大暴走に、レイナはもはや魂が抜かれた気分である。あぁ、悪魔はこの抜いた魂を食べるのだろうなと思うほどに。
「まさか元平民でお金の大切さを知っているはずの方が、そんなことを?」
(言っていません。言えるはずもありません。お金は……大事です。お金が無いと、私たちは生きていけません)
ロレーヌは貴族だが、彼女であればまともに会話出来るのではないだろうかとレイナに思わせてしまう程、ロレーヌの疑問はまともなものであった。
(そういえば治療の紹介をしていると。その際に色々な方とお喋りしているのだと聞いたことが)
レイナはロレーヌと面識が無い。だが噂は知っている。流石にこの時には『聖女と持て囃されている痴れ者』がロレーヌのことであるとレイナも理解していた。
そもそもレイナの通う学園は、貴族の中でも三男や四男といった、進路が明確に決まっていない者達が集まる学園だ。
ロレーヌのように学ぶべきことがしっかりとしており、道も決めている令嬢はこのような学園には入らない。
それを考えれば普通は第三王子といえどこの学園になど通わないのだが……王族の第三王子の扱いが分かるというもの。なお、第四王子は学園に通っていない。本来ならば第三王子が行うべき公務を代わりにやっている。
それでも第三王子。立場だけはあるので、学園側もまるで腫物を扱うかのように彼の事を扱っていた。知らぬは本人ばかりなり。
「そもそも伯爵令嬢ともなる貴様が進んで金儲けをするなど、聊か卑しさが過ぎるというもの」
「えぇ……金儲けが卑しいとか……」
(もうこの王子ヤダァ)
正しくドン引きである。ここが自室であれば今すぐ泣きだしたい。
目上の貴族と天上人たる王子が話している間にレイナが割り込むなど出来るはずもなく、レイナは小動物のように震えながら流れに身を任せるしかない。
心の中で何十回目になるか分からない父への遺書を呟きながら。
「では聖女様は、誰にでも分け隔てなく、無償でどんな怪我や病気も治すべきだと?」
そうロレーヌに問われたが、レイナの中では聖女=レイナの公式が成り立っていないので、答えることが出来なかった。辛うじて、「自分に聞かれているのでは?」と思い至った瞬間、答えなくては! と顔を上げるが、声を出す前に「当然ではないか!」と王子の強い言葉がレイナの動きを止める。
(悪魔! 悪魔! 悪魔ぁぁぁぁぁぁ!!!!)
再び活発に舌戦を繰り広げるロレーヌと王子。俯き、ギリリと強く唇を噛んだ。ぽたりと赤い雫が高級そうな絨毯を汚すのを見て、レイナは更に絶望した。
(あっ、死んだ……)
この絨毯はどれほど高級なものなのだろう。足を踏み鳴らそうとしても、長い毛足が衝撃を全て吸収してくれるに違いない。そんな絨毯を貧民の血で汚してしまったのだ。
(もう、どうでもいいかな)
目前に迫った死に、レイナは今回ばかりは逃げられないと悟る。
(どうせ死ぬなら、一言言ってから死のう)
意を決して、顔を上げる。
「あ、あの……私……」
口を開いて……硬直。
口内が一気に乾き、鼓動が早くなり、動いてもいないのに背中に汗が浮かぶ。
頭が真っ白になり、景色がぼやけ、キィンと遠い音が聞こえる。
身体の中を握られたような鈍痛。次いで襲ってくる猛烈な吐き気。一つ音を出そうものなら命そのものが潰されてしまいそうな恐怖。
ぐるぐるとぼやけた景色が回る。耳鳴りが強くなる。父の教えと男爵の姿、王子の顔の傷、パーティ会場、聖女と呼ばれるロレーヌ。様々なものが頭を揺さぶり、レイナを追い詰めていく。
「言葉の端々を取って追い詰めるやり口。やはり聖女とは思えん」
王子がレイナを遮った。
回っていた景色が正常に戻る。
もはや言葉を挟もうという気概は無くなり、それまで感じていた不快感も減じていく。
(……悪魔が、助けてくれた?)
なんとか悟られないように、呼吸を整える事しか出来ない。
気が付けば来る時とは裏腹に、機嫌の悪そうな顔で廊下を進むイェレミアス第三王子に引きずられるようにして会場を後にしていた。




