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逃げ足道場 外伝 ~昔々、山奥の道場で~  作者: 真宵 駆
◆第一章◆ 仙人の眠る場所

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◆87◆

「ギィ、とにかくその携帯はしまえ。良いか、お前達。確かに平常心を保つのは難しい。特に酒が入ると無理じゃ。ワシはそれで何度も失敗しておる」


 センガの言葉に、ギィ、リーガ、アリッサの三人は深く頷く。特に最後の一言に。


「しかし、大事を前にして、慌てふためいてしまっては、己の能力に重い枷を付けてしまう様なものじゃ。百の力で立ち向かってなお苦戦する相手に、三十の力しか出せなかったら、当然やられてしまうじゃろ?


「慌てる、だけではない。怒る、怯える、悲しむ、妬む、自棄になる、などと負の感情に囚われた状態は非常に危険じゃ。理性が死ぬ。理性が死ねばボケ老人と変わらん。いや、そこでワシをしげしげと見るでない。


「逆に、落ち着く、笑う、安心する、楽しむ、謙虚になる、冷静になる、などの正の感情は、心と体の働きを自在にする。最適解を瞬時に見つけ、そこに向かって正確に行動する事が出来る様になる。


「生きているというのは、それだけで厄介事だらけじゃ。一手間違えば大事に至る事もある。じゃからこそ、平常心を保て。その時々で考え得る最高の一手を打つ為にの。


「じゃから、ワシが今ここで死んでも泣くなよ。冷淡になれ、と言っておるのではない。笑って見送る事が出来る位の、心の余裕を持て、と言いたいのじゃ。


「それに、ワシは今日この日まで、やりたい事をやって生きて来た。もう何もやり残した事は無いんじゃからの。後の事も全てギィに指示してある。


「さて、年寄りの話はそろそろおしまいじゃ。お前達の人生はまだ始まったばかり。願わくば、出来るだけ幸せに生きておくれ。


「本音を言えば、まだ死にたくないんじゃが――」


 センガ老人はそこで、微かな笑みを浮かべて下を向き、そのままゆっくり目を閉じた。


「さっきからばあさんが、ワシを呼んで、おる、のじゃ」


 言葉が終わると同時に、山の中を穏やかな風が吹き抜けて行った。


 四人はしばらくの間、その風に包まれる。


 ようやく風が止んだ時、センガ老人は自分の墓に座ったまま、眠る様に息を引き取っていた。


 実に百八歳の大往生。


 死因は老衰によるものだった。

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