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「しかし、これは好機かも知れんぞ。毎日ゲルンと顔を合わせるいい口実が出来たとも言える」
センガは気を取り直し、現状を前向きに考え始めた。
「むしろ、早く未練を断ち切りたい気持ちで一杯なのですが」
レットが意気消沈した様子で言う。
「そう後向きになるな。毎日顔を合わせれば、自然と会話が出来る様になる。このたわいもないお喋りと言う奴が、色恋においては案外重要でな」
「そのたわいもないお喋りが一番苦手なのです」
「その辺は確かにお前さんは不器用じゃな。無理に喋ろうとすると、却って不自然になりそうじゃの。ならば、声の調子だけでも変えてみい」
「声の調子?」
「そう、お前さんの話し方はいつも、何かこう、堅っ苦しい調子なんじゃよ。威圧していると言うか。真面目っぽく聞こえるのはいいが、相手と距離を置いている様にも感じられる」
「はあ」
「簡単に言うと、気安さが足りん。例えば、ギィの喋り方を思い出せ。あやつも、結構堅っ苦しい言葉を使うが、どこか声の調子に柔らかさがある。実際、村の人達とギィは気安く話しておるじゃろ?」
「ギィはそれ以前の問題でしょう」
レットは遠くの山々に目を向けて、ため息をつき、
「彼の場合、武芸者とは思えない程、線が細い体つきで、顔も穏やかで整ってます。さらに、故郷の国に戻れば、百万を超える門下生を持つ流派の次期総帥候補で、富も名誉も持っている。まるでおとぎ話に出てくる王子様だ。多くの女性はすぐ靡く事でしょう。それに引き換え私はと言えば」
自分のごつごつした大きな手をじっと見て、
「熊と呼ばれる異様な風体の、富も名誉も持っていない、学もない、武芸を取ったらただのゴロツキと変わらない男です。正直ギィが羨ましい。もし彼の持っているものの千分の一でもあれば、もっと自信を持ってゲルンさんと話せるのにと」
「替われるものなら、ギィと替わりたいと思うか? 今までの武芸修行で得たもの全てと引き換えにしてでも」
センガが問うと、
「今すぐにでも」
レットは真剣な表情で即答した。
「こりゃ重症じゃな。武芸一辺倒のお前さんがそんな事を言い出すとは」
「お恥ずかしい話です」
「じゃがの、もし仮にお前さんがギィになれたとしても、ゲルンとは絶対に結ばれんぞ」
「何の問題があると言うんです」
「ギィは自分で結婚相手を決める自由さえ無いのじゃ。何と言っても、名門の次期総帥候補じゃからな」
「あ」
「それどころか、自分の人生のほぼ全てにおいて自由が許されておらん。富も名誉もあやつにとっては、ただの重い枷に過ぎん」
「それ程までとは」
「見るに見かねて、ワシがこうして外に連れ出してやっている今だけが、ギィの自由時間じゃ。ワシが死ねば、あやつは故郷に帰らねばならん。そうなったらモラトリアムは終わりじゃ。もっとも」
センガはいたずらっぽく笑って見せ、
「故郷に帰って操り人形と化すのが嫌じゃったら、一生ここで無名の武芸者『ギィ・ボン』として気ままに暮らしてしまえ、とは言ってある。枷にしかならん富や名誉の全てと引き換えにの。じゃが、あやつはそうはすまい。ワシに似ず、真面目で責任感の強い奴じゃからのう」
立ち上がって、大きく伸びをしてから、
「ま、ギィに比べればお前さんの方が、遥かにゲルンと結ばれる可能性を持っていると言う事じゃ。うまくゆかぬ時、他人が幸福そうに見えて自分をみじめに思うのは良くある事じゃが、実の所、皆何かしら問題を抱えているものじゃよ」
レットを促して、一緒に道場の方へ戻って行った。
「時に、郵便物はあまり強く握り締めない方が良いと思うが」
「あ」
ゲルンから委託された道場宛ての郵便物が、熊の手によって悲惨な状態になっていた。




