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センガ老人が自分の生前墓に腰掛けて日向ぼっこをしている所へ、レットがのっしのっしとやって来た。
「センガさん、折り入って相談したい事があるのですが」
「思い詰めた顔をしとるのう。まあ、座れ」
センガは場所を少しずれて、レットを横に座らせる。
「実は、近い内に道場をやめて、この村を去ろうと思うのです」
レットは重々しい口調で切り出した。
「原因はゲルンか」
センガがしれっと言う。
「い、いえ、そう言う訳では」
「否定せんでも、もう村中で噂になっとるわ。気付かれんと思っておるのは本人だけじゃ」
レットの顔が見る見る内に真っ赤になる。
「お恥ずかしい話です。私はまだまだ修行が足りません」
「別に恥ずべき事でもないし、修行の問題でもないがの」
「武芸者を志す者が、この様な浮付いた心に囚われるなど言語道断です」
「この国一の武芸者にしてウチの道場主は、一年中奥さんと浮付いとるが」
「それはそうですが」
「お前さんとて、もう二十代後半。身を固めてもおかしくはない」
「私はまだ修行中の未熟者で」
「いつまで修行しとるつもりじゃ。世の中を見てみい、家庭を持っているのは未熟者だらけじゃが、それでも何とかやっておる。とにかく、ゲルンに話をしてみてはどうじゃな?」
「ゲルンさんの迷惑になる様な事は出来ません」
「付き合ってくれるかどうか聞くだけでは、迷惑にならんよ。断られてもしつこく付きまとうならば、それは迷惑を通り越して犯罪じゃが」
「年が離れ過ぎています。私の方が九歳も上です」
「もうすぐゲルンは十九になるから八歳じゃよ。もっと年の差がある夫婦だって珍しくはない」
「私は彼女を養っていけません」
「そうじゃな。それは考えねばならんのう。いっそ、ここらで独立して自分の道場でも持つか? 今は世の中の武芸熱もまだ冷めきってはおらん。ヴォーンの道場の高弟と言う触れこみなら、門下生もそこそこ集まるじゃろ」
「自分の道場、ですか」
レットは俯いていた顔を上げ、目を輝かせてしばらく白昼夢に耽っていたが、また急にがくんと顔を下げ、
「自分の勝手な夢に、彼女を巻き込む訳にはいきません」
「面倒くさい熊じゃな。グダグダ言っておるが、本当は断られるのが怖いだけじゃろ」
「そうかも知れません」
「戦う前から負けておるぞ。いっそ当たって砕けて来い。どうせこの村を去ると決めておったんじゃ。断られてから去っても同じ事じゃろう」
面倒くさい熊は、しばしの沈黙の後、顔を上げて立ち上がり、
「これから郵便局に行って、話をしてみます」
「うむ」
センガに見送られ、熊は決意を胸に山を下りて行った。
そして二時間後、熊は道場宛の郵便物を持って戻って来た。
「どうじゃった?」
センガが聞くと、
「言えませんでした」
熊が申し訳なさそうに答える。
「このヘタレ熊が」
「逆に、今日の分の郵便物を届ける様、お願いされました」
「それで言われるまま持って来たのか、お前は」
「はい、そしてこれからも、毎日郵便物を道場に届ける事になってしまいました」
「鬼じゃな、あの女」
熊の苦難はまだまだ続く。




