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逃げ足道場 外伝 ~昔々、山奥の道場で~  作者: 真宵 駆
◆第一章◆ 仙人の眠る場所

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◆75◆

 センガ老人が自分の生前墓に腰掛けて日向ぼっこをしている所へ、レットがのっしのっしとやって来た。


「センガさん、折り入って相談したい事があるのですが」


「思い詰めた顔をしとるのう。まあ、座れ」


 センガは場所を少しずれて、レットを横に座らせる。


「実は、近い内に道場をやめて、この村を去ろうと思うのです」


 レットは重々しい口調で切り出した。


「原因はゲルンか」


 センガがしれっと言う。


「い、いえ、そう言う訳では」


「否定せんでも、もう村中で噂になっとるわ。気付かれんと思っておるのは本人だけじゃ」


 レットの顔が見る見る内に真っ赤になる。


「お恥ずかしい話です。私はまだまだ修行が足りません」


「別に恥ずべき事でもないし、修行の問題でもないがの」


「武芸者を志す者が、この様な浮付いた心に囚われるなど言語道断です」


「この国一の武芸者にしてウチの道場主は、一年中奥さんと浮付いとるが」


「それはそうですが」


「お前さんとて、もう二十代後半。身を固めてもおかしくはない」


「私はまだ修行中の未熟者で」


「いつまで修行しとるつもりじゃ。世の中を見てみい、家庭を持っているのは未熟者だらけじゃが、それでも何とかやっておる。とにかく、ゲルンに話をしてみてはどうじゃな?」


「ゲルンさんの迷惑になる様な事は出来ません」


「付き合ってくれるかどうか聞くだけでは、迷惑にならんよ。断られてもしつこく付きまとうならば、それは迷惑を通り越して犯罪じゃが」


「年が離れ過ぎています。私の方が九歳も上です」


「もうすぐゲルンは十九になるから八歳じゃよ。もっと年の差がある夫婦だって珍しくはない」


「私は彼女を養っていけません」


「そうじゃな。それは考えねばならんのう。いっそ、ここらで独立して自分の道場でも持つか? 今は世の中の武芸熱もまだ冷めきってはおらん。ヴォーンの道場の高弟と言う触れこみなら、門下生もそこそこ集まるじゃろ」


「自分の道場、ですか」


 レットは俯いていた顔を上げ、目を輝かせてしばらく白昼夢に耽っていたが、また急にがくんと顔を下げ、


「自分の勝手な夢に、彼女を巻き込む訳にはいきません」


「面倒くさい熊じゃな。グダグダ言っておるが、本当は断られるのが怖いだけじゃろ」


「そうかも知れません」


「戦う前から負けておるぞ。いっそ当たって砕けて来い。どうせこの村を去ると決めておったんじゃ。断られてから去っても同じ事じゃろう」


 面倒くさい熊は、しばしの沈黙の後、顔を上げて立ち上がり、


「これから郵便局に行って、話をしてみます」


「うむ」


 センガに見送られ、熊は決意を胸に山を下りて行った。


 そして二時間後、熊は道場宛の郵便物を持って戻って来た。


「どうじゃった?」


 センガが聞くと、


「言えませんでした」


 熊が申し訳なさそうに答える。


「このヘタレ熊が」


「逆に、今日の分の郵便物を届ける様、お願いされました」


「それで言われるまま持って来たのか、お前は」


「はい、そしてこれからも、毎日郵便物を道場に届ける事になってしまいました」


「鬼じゃな、あの女」


 熊の苦難はまだまだ続く。

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