◆53◆
寮の食堂の片隅のテーブルで、センガ老人とヴァルゴが差し向かいに座っている。
「もうすぐ門下生共が帰って来る。そして、ここでお前さんとワシが一杯やっているのに気付く。すると、奴らはこう考える。『ああ、あの人はセンガじいさんの客か』とな。それでもう、お前さんは今後、道場や寮をうろついていても不審者扱いされなくなる、とこういう訳じゃ。仕事がやり易くなるじゃろ?」
そう言いながら、センガは「木鶏」と書かれた徳利から、ヴァルゴの湯呑茶碗に酒を注いだ。
「お気遣い感謝します。しかし、情報屋と言うと普通は胡散くさがられるものですが、何故そこまで配慮して下さるんです?」
「お前さんは、間接的にザントの命の恩人じゃからの。お、そう言ってる内に、もう帰って来たか。おい、リーガ、ちとこっちへ来い」
食堂に入って来た門下生の一団の中にリーガを見つけると、センガは声を掛けて手招きした。
リーガが急ぎ足でやって来る。
「何でしょうか」
「去年、お前の親父が誘拐された時、ヴォーンに犯人グループについての詳細な情報を与えたのが、この情報屋、ヴァルゴ・プレシオじゃ。良くお礼を言っておけ」
リーガはヴァルゴの方に向き直って、爽やかな笑顔になり、
「そのせつは、父がたいへんおせわになりました」
小さな頭をぺこりと下げた。
「ああ、ザントさんの息子さんですか。小さいのにしっかりしているね。お父さんは元気かな?」
「はい。おかげさまで」
「それは良かった。私も協力した甲斐があったと言うものだ」
「リーガ、ヴァルゴさんは政府の仕事で、これからもちょくちょくヴォーンに会いにここへ来る。何かあったら力になってやるんじゃぞ」
「はい」
センガはリーガを戻らせた。戻ったリーガは、遠巻きに見ていた門下生達に、何やら説明をしている。
「これで、お前さんの身元を門下生共に一々説明する手間も省けた。事実上の顔パスじゃ。分からない事があったら、誰にでも遠慮なく聞くがいい」
「ありがとうございます。これで随分と仕事が楽になりそうです」
「じゃといいがの。相手はあのヴォーンじゃ。自分のペースを崩さず生きとる人間じゃからのう。お前さんも前途多難じゃろうて」
センガ老人はにやりと笑う。
「元より、私はただの政府の使い走りです。外部に漏れぬ様、直接出向いて互いの意を伝えるのが仕事ですから」
「その仕事の内容を、お前さんの口から聞く事は出来んのじゃな?」
「はい。守秘義務がありますので」
「じゃったら、後でヴォーンに直接聞けば良いだけの話じゃ。あやつの口を封じる事は出来んからの」
「なるほど、守秘の意味がありませんね。では私の方からお教えしますが、ヴォーンさんから聞いた事にして下さい」
ヴァルゴは、ヴォーンを次期大統領に迎えたいという政府の計画を、センガに説明する。
聞き終わったセンガは首を横に振り、
「無理じゃ。ヴォーンがそんな面倒な役職を引き受ける訳がない。そんな仕事、わざわざ守秘する義理も無いじゃろ」
そう言って笑い飛ばした。
ヴォーンがいかなる人間か、段々分かって来た情報屋ヴァルゴであった。




