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「実を言えば、あまり感心せんのう」
道場の縁側に腰掛けて、センガ老人とギィ青年が、日向ぼっこをしながら話をしていた。話題は、ザントが、自分が道場を去った後もリーガを一人で寮に住まわせて、本格的な武芸修行をさせようとしている件についてである。
「親バカも度が過ぎると、子供の人生を狂わせかねん。土台、四歳で才能の有る無しなんぞ分かりっこないんじゃ」
センガ老人は、ザントがリーガの武芸の才能について熱く語る様子を思い出しながら言う。
「しかし、リーガ君は良く頑張ってますよ。正直、あそこまで短期間に上達するとは思いませんでした」
ギィが、お世辞抜きの感想を述べる。
それに対して、センガは首を横に振り、
「お前はまだ若い。神童と呼ばれた多くの子供達が、年を重ねるにつれて、その他大勢の凡人として埋没していく姿をあまり見てはおらんじゃろ。なまじ、期待を掛けられた分だけ、そのギャップに苦しむ者も多い」
「私も小さい頃は、やれ神童と、周囲におだてられていい気になっていましたが、今ではただ、老人を介護するだけの日常ですからね」
ギィが少しおどけた様子で言う。
「はっはっは、このたわけが。不世出の達人のお世話係など、そうそうやりたくても出来る仕事ではないぞ。これも立派な武芸修行じゃ」
「自分で『不世出の達人』と言わないで下さい。でもこうして、あの窮屈な場所から連れ出してもらった事は感謝しています」
「あんな自由の無い環境で武芸者が育つものか。名門も形式にこだわる様になると、色々硬直化しておかしくなってくる。その点、この道場は自由気ままじゃな。道場主の性格がそのまま反映されておる」
「立派な武芸者になれるかどうかはともかく、ここはリーガ君が育つ環境として、決して悪い場所ではないと思います」
「そうじゃのう。じゃがな、どうにもこうにも、ここはど田舎じゃ。都会に比べて教育のレベルが違う。いざ、武芸者を諦めて都会へ帰った時、果たして学校の授業についていけるかどうか」
「地味ですが、子供にとっては切実な問題ですね」
「教育環境は子供の人生を大きく左右する。なまじ武芸者を志したばかりに、社会のレールから外れてしまっては可哀想じゃ」
センガは怒声の飛び交う稽古場の方を見て、
「あいつらみたいにの」
ため息をついた。
「何ですか、二人して、また僕らの悪口ですか」
そこへ門下生の一人、サダ・ヤマナがひょっこりやって来た。白くて単純な構造の、袖と裾の大きな道着に、飾り気の無い黒くて細い帯を締め、そこそこがっちりとした体格をしてはいるが、その顔は柔和で態度にも殺気が無い。
「サダか。お前は違うかもしれんな。多少は学もある様じゃからのう。社会のレールから外れて、ここに来ている点では同じじゃが」
「学があっても、就職出来ない時代です。少しは大目に見てやって下さい」
「そう言えばお前は、この国に来る前は、子供相手に塾の講師をしていたと聞いたが」
「ええ、少子化と大手の営業力に押されてすぐ潰れましたけど」
「お前の故郷の国では、進学競争が激しいそうじゃの」
「僕らの世代がピークでしたね。進学希望者に対して、受け入れ先の学校の定数が足りない状況でしたから」
「そんな中で、勉強を子供達に教えてた訳じゃな」
「ええ」
「ふむ。ところで、リーガの件は知っておるな?」
「ザントが舞い上がってますね。別にいいんじゃないでしょうか。嫌になったら、やめて帰ればいいだけでしょう」
「すぐ嫌になれば問題は無いんじゃがの。もしかするとこのまま、数年以上頑張ってしまうかも知れん。どうもあの子は、自分の感情より、周囲の気持ちを察して動いてしまう所がある」
「リーガは確かに聞き分けの良すぎる所はありますね。だから皆、面白がって武芸を指導してしまうんでしょう」
「お前、もしリーガがここに住む様になったら、ひとつあの子に勉強を教えてやってくれんか? 寮の色々な当番を免除の上、いくらか指導料もあの子のひいじいさんに出させるから。お前とて遠い異国から武芸修行に来ている身、無理にとは言えんが」
「いいですよ。ザントとリーガさえ良ければ」
サダは爽やかな笑顔で承諾した。
後にリーガとアリッサに大きな影響を与えた、このサダ・ヤマナという風変わりな男については、別章で詳述する。




