◆31◆
「ところで、ザントの姿が見えん様じゃが」
センガ老人がヴェレに聞く。
「まだ、戻って来てないんです。道場には、帰りが遅くなる、という連絡はありませんでしたか?」
その前日、ザントは道場の車で、片道が半日程かかる場所に住む武器職人の元に、注文していたトンファーと三節棍の引き取りに行っていた。当時、「マニアックな武器ブーム」が門下生達の間で起こっていたのである。
「いや。すると山道のどこかで、工事でもやっとるのかも知れんな。迂回するとなると、かなり時間もかかるからのう」
「まさか、事故にあったんじゃ」
ヴェレが心配そうな表情になる。
「ザントはああ見えて慎重な男じゃ。そんな無茶な運転をするとも思えん。まあ、夕方まで待ってみよう」
しかし、その日の夜になってもザントは帰還しなかった。
「警察に問い合わせてみます。少し待ってください」
警察に問い合わせると言って、ヴォーンが電話した相手は警察庁長官だった。国家的英雄ならではの特権行使である。少し話した後で、
「はい、では出来るだけ早く回答をお願いします」
一旦電話を切って、ヴェレの方に向き直り、
「今、向こうとこちらを結ぶ交通ルート内で、何か事故が無かったかどうか調べています。二十分もすれば、ザントが事故に巻き込まれたのかどうか分かるでしょう」
回答は十分後に来た。電話を終えて、ヴォーンはヴェレにその内容を淡々と説明する。
「ヴェレさん、落ち着いて聞いてください。ザントは今日中には、ここに戻れません」
「やっぱり事故に遭ったんですか?」
ヴェレが不安に怯えきった表情で聞く。
「いえ、誘拐されました。現在、反政府派の残党のとあるアジトに監禁されている様です」
ヴェレは声にならない叫びを上げて、がくりと膝からくずおれた。クリスがあわてて駆け寄り、倒れそうになるヴェレを支える。
居間の空気が重くなり、その場にいたセンガとギィも緊張した面持ちになる。
そんなただならぬ雰囲気を察したのか、隣の部屋で寝ていたアリッサも、急に激しく泣き出した。
泣き声を聞くや、リーガがアリッサの寝ているゆりかごまで駆け付ける。
リーガの顔を見て、ぴたっと泣きやむアリッサ。そんなアリッサに向かって、リーガは一言、
「アリッサ、ねーんね」
アリッサは三秒で再び眠りに落ちた。




