第五話:睡眠レビュー
どうやらネヨウは人生三億年、いや神生三億年生きているらしい。そしてその大半が睡眠。
『恐らく神の力を初めて扱った反動、今の体が長期睡眠に適していることが原因でしょう。流石の私も暇でしたよ』
「三億年かぁー実感ないやー」
『だって寝てましたからね』
そこでネヨウはハッとした。
今日の自分のテンションがおかしい理由、それは。
「そりゃ三億年も寝たら元気になるよね~」
三億年の睡眠によるものだった!
『あとは、体が変わったことも関係しているのでは? 前世は不健康そのものでしょう?』
「確かに……いやでも、この体でも三億年も食べ物食べてないんだけど~?」
なんならこの体の方が不健康的だろう。
『何を言っているのですか? あなたはもう人間ではないのですよ、その体では食事も排泄も必要ありません』
「……なん、だと」
ルーラの衝撃の発言に思わず聞き返してしまう。
『ですから、その体は食事も排泄も必要ないのですよ』
「ふぁー!」
ネヨウは衝撃で体を震わせる。
前世の堕落した願望の一つが叶ったのである。
『ふふっ、それに豊穣の女神が臭うなんてことは信仰に悪影響を与えてしまうので、汚れは付きにくく、体は常時薄っすらと柔らかい花の匂いを発する機能を搭載しています』
「おぉ~!」
まるで取扱説明書のように告げるルーラだが、ネヨウにはそんなことはどうでも良かった。
食事もトイレもお風呂もいらない。
「あぁ……なんて素晴らしいの~」
『その他にも、その体はあなたがどこでも寝れるようなものになっているので、どうぞこの新世界で神生を楽しんでください』
神様仏様ルーラ様様である。
いや、少し待とう。そこでネヨウは冷静になった。
うまい話には裏があるという言葉はよく言われている。
「……なんでここまでするの? それに最後の気持ち悪い笑顔忘れていないから」
話している最中ネヨウは、この世界に落とされる前のルーラのあの笑顔を思い出して少し顔を顰めた。
『単純に面白いものを見たいだけですよ? 最後のあれは面白そうとか色んなものを含めた笑顔です』
「面白い~?」
自分のどこが面白いと言うのだろう、とネヨウの疑心は深まる。
『自分のどこが面白いのか分からないって感じですね。神になって早々マグマで三億年寝る元人間なんて面白いに決まっているじゃないですか』
「……確かに」
それですぐ納得するのがネヨウである。
確かにそれは面白いが。
『あなた将来人間に騙されて……そうですね、娼館とかで働いてそうですね』
「? まずどこでも働かないけど?」
そもそもネヨウは元から真面目に働く気は無いし、神となった今では尚更だ。
なのでルーラの心配は杞憂に終わることだろう。まあそもそも冗談だろうが。
『ふふっ、そうですか。先程も言いましたが私の目的は面白いものを見ること。あなたがこの世界にどんな影響をもたらすのか、どんな生活をするのか、楽しみですね』
ルーラのその声は心底楽しそうで。
「やっぱ人の心理解できてるでしょー?」
とても人の心が理解できないなどという神には思えない。
というか人の嫌がることを理解しているのなら少なからず理解はあるのだろう。
『そうですね、私はどちらかというと理解したくないだけでしょう』
「……ふーん」
ルーラの声が感情の起伏が分かりづらいものに戻る。
面倒くさい空気になりそうだと思ったネヨウは、端的に返し深くは聞かなかった。
ルーラも『それは良いとして』と話を戻して、言葉を続ける。
『他に何か聞きたいことはありますか?』
「んー、じゃあ僕は何をすればいいの?」
ネヨウは、これで何かやることがあったら嫌だなー、なんて思いながらとりあえず聞いた。
『好きにしてください、寿命もありませんし、滅多なことでは死なないでしょう。私はあなたの行動を観察するだけなので』
ルーラのネヨウに対する扱いはまるで動物心理の実験用モルモットのようである。
「うーん……じゃあもう無いね~」
思いつく質問はもうない。それにネヨウは眠気を感じてきていた。
三億年寝ても寝足りないのだろうか。
『そうですか。では、そろそろ通信を切りましょうか。新世界で良きライフを。私は滅多なことでは干渉しませんので』
どうやらもうルーラの声は止むらしい。
「うん、じゃあバイバイ~」
『はい、では』
特に何も無く、そんな短い挨拶と共にルーラの声はネヨウの脳内から消えていった。
「さて……」
空を見上げる、見慣れない赤黒い空だ、そして雨が目に入ってきてちょっと鬱陶しかった。
ここからは自由なのである。そんな世界でネヨウは——。
「……寝よう」
結局寝るのである。
何をしようかと一瞬迷ったネヨウであったが、そもそもずっと寝るのが目的だったのだ。それを思い出し、ネヨウはその場で横になった。
ルーラが見ていようが関係ない、好きにして良いと言っていたし。
「前はマグマ温泉睡眠、今日は雨シャワー睡眠だね~」
全身に鋭く打ち付ける暖かい雨粒。
それはまるで体をほぐしてくれる新時代のマッサージ機のようで。
慣れてきたこともあるのか、それは鼓膜を激しく刺激している雨音すら甘美な楽曲へと昇華させていた。
(★★★★☆:独特なマッサージ。
全身をほぐしてくれる雨粒マッサージが魅力。おまけで付いてくる睡眠用BGMが更に味わい深くしてる。
でもBGMと空気の湿気は人によっては気になるかも。よって星四としました~)
眠気が最高潮へ達する前に心の中でレビューを書いたネヨウは、本当に書いて発信したかのように満足し、徐々にその独特な心地よさに呑まれて意識を落としていったのであった。




