第二話:想像の眼鏡
「ということであなたは死んだのですよ」
「あ~、確かにそうだったかもー」
自称創造の女神からの説明を受け、死ぬ間際のことを思い出した青年。
「実感はないねー」
「思い出す形式でしたからね」
色とりどりの幻想的な空間で目覚めたところに銀髪蒼眼の女性、自称創造神が現れる。
そして自分が死んだことを告げられ、死の間際を思い出した。
色々突っ込みたくて実感なんてどこかへ置いてきてしまった。
(龍介は……うん、最後に見た時では大丈夫だった)
そこでふと、しっかり龍介を助けられたかと最後の記憶を思い返してみたが、龍介はあの車道から外れていたから大丈夫だろう。
「龍介は生きてるー?」
ただ一応女神に聞いてみる。
「ええ、猫も無事ですよ」
「そう」
青年は安堵し、肩の力を抜く。
猫は知らなかったけど、きっと龍介にとっては大事な存在だったのだろう。両方助けられて万々歳である。
ただ、その後が少し心配だ。ショッキングな瞬間を見てトラウマになってたりするだろうか、いじめ問題はなんとかなるだろうか。
青年は珍しく色々と考えるも、既に死んでしまったわけなので、いずれ龍介が報われることを祈っておくことしかできない。
「実感が無いとはいえ、随分と大人しいですねぇ」
創造の女神の声に引っ張られ、彼女に意識を戻す。
女神の声は感嘆としているようだったが、その表情は始め見た時の少々微笑んだ形から、何一つ変わっていない。
(なんか、怖い……これが神ってやつなのかぁ)
青年は少々女神に対する恐怖を感じた。
しかし呑気な頭をしている彼は、その恐怖を感じても、心の中で呑気な感想をぼやくだけに留まった。
「まぁ……生に拘ってるつもりは無かったからさ~」
どうせ死んだのなら、ここでの会話など無意味。
そう思い、青年は言葉を適当に返した。
「どうしてでしょうか?」
「ん?……まあ色々あったんだよ~」
特に思い出したいことでもないし、それはもう過去の事。それに死んだというのだ、生前のことなど、どうでもいい。
故に青年は女神の問いに、言葉を濁して答えたのだが……。
「親の虐待、学校での虐め。寝ている間はそんな出来事を忘れられる」
「……ん」
女神は語り出した。青年の傷を抉るように。
「今でも過去の出来事がフラッシュバックする。寝ることしか愛せず、動く気力が失せた」
「……おい」
声を思わず低くしてしまう。
「莫大な資金を得て豊かになり、寝るためだけの生活をしたが、ご飯すら食べたくないと思っている自分に気が付いた」
「……」
「あなたは思った。自分は本当は生きていたくないのだと、食事も排泄も何もしたくない」
——一生、永遠に寝ていたい。
「つまり死にたかった。でも痛いのは嫌い、自殺の気力も無い。そうして今日まで生きていた」
「何が言いたいの」
「いえ、特に。私が語りたくなっただけです」
微笑みを崩さない女神。
「……」
青年は率直に、この女神がクズだと思った。
「あなたごみクズだねー」
「私には人の心というものが理解できないので」
「でも、何を言われたら人間が嫌がるのかは分かるでしょ」
「えぇ、理由は理解できませんが」
女神は平然としている。
青年は、この女神が正真正銘のごみクズだと確信した。
「もういいから、早く僕を眠らせて」
死してなお、ストレスなど感じたくない。なぜこんな状況なのかは分からないが、早く無に帰してくれと女神に申す。
すると女神は頷いた。
「良いでしょう。あなたは生前多くの人間を救いました。ですので私があなたの願いを一つ、叶えて差し上げます」
「……気持ち悪い」
先程まで嫌がることを承知で意味もなく人の傷を抉り、人の心が理解できないなどとぼやいていた女神。
しかしどうした、今度は"あなたは多くの人間を救ったから願いを叶えてあげよう"などと言い始めた。
青年は形容しがたい嫌悪感に包まれ、顔を歪める。
女神は人の心が分からないと言った、ではなぜ人間を沢山救ったという理由で、人間に褒美を上げようとするのか?
意味が分からない、矛盾しているのではないか? あまりにも未知。
珍しく思考が木霊する。
「あなたは楽曲制作を主とし、多くの人の支えとなりました。更に得た収益のそのほとんどを人々の寄付に回した」
女神は文章を読み上げるように言葉を発して、続ける。
「故に私があなたの願いを一つ叶えて差し上げましょう」
「……」
女神の表情は相変わらず、何を考えているか分からない。
だが彼女は先程からこちらに視線を固定したままだ。
「……ね、寝る。ずっと……寝る。誰にも邪魔されずずっと寝ていたい、それで良い」
こんな場所にはもう居たくない。
青年はさっさと永遠の眠りにつかせてくれ、という意味を込めて願いを口にした。
青年は一応、何か裏があるのではないか、と考えたはしたが、"相手は創造の女神とやらであり、人間一人にそこまで構うとは思えない"、という結論に至った。
(裏があったとして……僕にはどうしようもできないだろうし~)
そう、どの道早くこの女神とおさらばしたいのであれば、率直に願いを言って、永遠の眠りにつかせてもらうしかないのだ、多分。
「それがあなたの願いですね」
「うん、うん」
できるだけ手短に、当たり障りのない言葉で返事をする。女神はまだ微笑んだままこちらを見ている。
「そうですか、では願いを叶えて差し上げましょう。さようなら」
そして女神は呆気なく、そう言った。
それと同時に青年の体がどんどん光の粒子と化していく。
「え……」
青年は、女神のあまりの呆気なさに唖然とした。
最後まで全てが理解不能だった創造の女神。
次第に意識が薄れてくる。
(……一応やっと永遠の眠りにつける、のかな?)
彼は自身がこのまま無に帰るのだと考えていた。
しかしその時、暗くなる視界の中で彼は悪魔を目にした。
「ふふふ」
その悪魔は、先程までの微笑みから一変して、口の端を大きく吊り上げていた。




