第十五話:女神との邂逅
◇side 村長【イニティー】◇
現村長の【イニティー】は幼少期、何の変哲もない小さな集落で毎日を過ごしていた。
「お母さん、木の実採ってきた」
「ありがとうね~、魔物は大丈夫だった?」
「うん」
「まぁイニティーも動けるようになってきたし、いざという時は俺たちを使えば逃げ切れるだろう」
「ちょっと、そんなこと冗談でも言わないでよ」
集落では十数人の人間が共存しており、イニティーは幼いころから大人たちと狩りに出ていた。
この世界は魔物という存在がいる、それぞれが厄介な攻撃を仕掛けてきて、一体でも集落の人間全員で対処しなければならない程、手強い。
だからこそ、イニティーたち人間は黒い靄を纏わせている生き物、魔物を見つけたら基本的に逃げ隠れをして過ごすのだ。
たまたま見つけた、魔物があまりいない森で生活していたイニティーたち、だがそんな中でも彼らは日々魔物に怯えて生活していた。
「魔物だ! 全員最低限の物を持って逃げろ!」
しかしある時、狼型の魔物が数体、集落の近くに現れた。
「イニティー逃げるよ!」
魔物が数体となると対処ができない。
そのためイニティーたち集落の人間は、新たな住処を探しに行く。
これは良くあることだった。
イニティーも記憶しているだけで三回目、特に慌てることも無く移動を始めた。
そこからも短期間に場所を転々として生活する日々。
魔物に追われ、仲間数名が亡くなることもあった。それでも、悲しんでいる暇すら無い。
「ん?」
「何か感じるな」
魔物から逃げているある時、一同は前方から微かな気配を感じ取った。
近づけば近づく程鮮明になっていくその気配は、底知れぬ巨大な何かを思わせる。
「あ、魔物が……」
それと同時に追って来ていた魔物が足を止めた。魔物は遠くからイニティーたちを伺うばかり。心なしか、どこか面白くなさそうにしている。
「もしやこの巨大な何かを避けている?」
そこでイニティーの父がそう言葉を零した。
魔物が避ける程の何か。
魔物よりももっと恐ろしいものがいるのではないか?
誰かが零したその言葉で、一同に不安が伝播する。
「……魔物を、魔を払う存在」
だが逆の考えを持つ者もいた。
これまで人間が散々苦しめられてきた魔物、それを寄せ付けない存在がこの先に居る。それはもしかしたら、自分たちにとって利となる存在なのではないか? と。
「よし、進もう」
どちらにせよ後方には魔物がいるため進むしかない、と集団のリーダー的存在である、イニティーの父が決めたことに、それぞれが渋々といった様子で続いていく。
(魔物より怖い存在が居たらどうしよう……)
斯く言うイニティーも不安を抱え、躊躇う一人だった。
「食べられるものがいっぱいある……」
巨大な気配の方へ進むにつれ、草木の繁茂が増す。
木の実が多く生っており、食物にはあまり困らない。
鳥のさえずりが暖かく耳に触り、まるでここが安息の地だと訴えられているようだった。
巨大な気配に近づく程、豊かになる事実にイニティーたちの不安は軽減されていった。
「これは、神聖なる存在が居るに違いない」
一同を代弁するように言う父にイニティーも頷く。
彼らは更に進んだ。
そうしてその先で見たものは。
「これは……」
真っ先に目に飛び込んできたのは、流れる滝を背にして台座で眠る、一部別の動物の部位がある麗しい少女。
その様は天から舞い降りた超常的な存在のようで、永遠に見てしまえるほど、ひき込まれる何かがあった。
「ようこそ、見ない種ですね」
その声でイニティーはハッとし、声の方向に視線を移す。
そこには、虫型、鳥型など、その他大小様々な姿形の生き物が大勢いた。
だが聞こえてきたのは人の声、イニティーは視線を動かし続ける。
おかしい、眠る少女以外に人など見当たらない。
「声の主を探すくらいには知能があるんですね……ここですよ、ここ」
また聞こえた声、断続的に続くその声を探るようにイニティーはもう一度視線を動かしていく。
そうしてようやくたどり着いた視線の先には。
「ここです」
「……え?」
茶色の鼠のような生き物が映っていた。
小さな口を動かして人の言葉を発している。
その体に似つかわしくない声、そして動物が人の言葉を喋るという現象にイニティーは目を疑う。
だがどんなに目を擦っても、目の前の状況は変わっていない。
「あなたたちは……一体、何者なのですか」
イニティーたちが困惑して言葉を出せずにいると、一早く立ち直った父がそこで言葉を発した。
だがその声はどこか震えている。
そこで先ほどから声を発している、茶色の鼠擬きが前へ出て、その小さな口を開いた。
「初めからしっかり言葉が通じるとは、驚いたものですね。私たちは、この場で眠っていらっしゃる女神ネヨウ様の……(なんだっけ?)」
「(僕で良いだろ)」
「あぁ、そうです僕です」
「女神? 僕?」
途中左隣にいる、大きな虫のような生き物に何か言われていた鼠。
だがそんなことよりも、イニティーは、女神やらその僕という言葉が気になっていた。
確かに、神聖なる存在が居ると踏んでここまできた、しかしまさか神とその僕を名乗るものがいるとは思わない。
神様とは簡単に言うと、時には恵みに宿り、時には災いに宿る、基本的には目に見えないもの。いや姿を現さない存在だと、父から聞いていた。
それが常識で、今までも神なんて見たことが無い。
だからそんな馬鹿なことをと一蹴できる……はずなのに。
どうしてだかこの時、イニティーにはそれができなかった。
いや、理由は分かっていた。
あの少女を一目見た瞬間から感じる、謎の圧力と大きな包容感。そして喋る動物たちとこの豊かな恵みの地がそれを裏付けている。
「おや、神という存在を知っているような反応を見せながら疑っているのですか?……まぁ、神とは"神"という存在として生まれると言うよりも、超常的な存在を私たちが信仰することで成り立つものだと思いますし。まぁあなたたちの神の定義など知らないのですがね」
鼠の話すことは少々難しい話であり、この時のイニティーには理解ができなかった。
「私たちは古くから、神とは目に見えないものであり、あらゆる恵みと災いに宿られるものだと認識しているのですが……」
イニティーたちが何も言えない中、唯一対話ができているのが父であり、改めて父の胆力と会話力に驚くもの。
「なるほど、これまであなたたちはそう過ごしてきたのですね……ですが古いです」
しかし鼠はきっぱり父の話を一刀両断に否定し、続ける。
「時代は一神教、なぜなら実際に恵みをもたらす神がこの場に居るのですから」
「その神が、あの方なのですか?」
父は眠る少女に指を向ける。
「えぇ、その通りです」
「恵みとはどのような?」
「ここもですが道中、緑豊かだったでしょう? 木の実や穀物が豊富で食にはそうそう困らない、そして何より魔物が寄り付かない。これらは全て女神ネヨウ様の恩寵なのです」
「なんと、やはりそうなのですね」
ここまでの道中でイニティーたちは、この地が豊かであるのと魔物が寄り付かない要因は、巨大な気配の主にあるのではないかと予想していた。
その巨大な気配の正体があの少女で、本当に恵みをもたらしてくれているのなら。
「……」
父は何やら周囲を見渡している。
イニティーも父に釣られ周囲を見渡した。
豊かな森、魔物はおらず、大きな虫やら顔が二つある動物など、様々な生き物たちが生活している。そして現状その生き物たちが、こちらに危害を加える素振りは無い。
なるほど……と、イニティーは今父が行っていることに気がついた。
安全確認。父はこの場で生活するつもりなのだろう、安全に生活ができる場所なのかを最後に確認したのだ。
そして父は確認を終えたのか、何かの言葉を待っているかのような茶色鼠に向き合い、口を開いた。
「……私たちも、ここで生活してよろしいでしょうか?」
その言葉にイニティーは驚かなかった。同意見だから。
他の仲間たちもそのようで、覚悟を決めたように鼠たちを見ている。
「ふふっ——」
「良いでしょう、女神ネヨウ様に危害を加えない限りの共生ですが」
「あ、ちょっと最後まで私に言わせてくださいよ!」
イニティーたちの希望通りに言葉を返したのは、先程から茶色鼠の傍に佇んでいた、蛇のような顔をした、黒い大きな生き物だった。
「すみません、モリスさんの"不敵な感じ"が少々腹立たしく」
「腹立たしいって何ですか!」
「そこはどっちでも良いでしょう。それに共生にはあなたも賛成でしょう?」
「それはそうですけど……」
「あの……」
共生を許されたと思いきや、何やら言い合いをし始め、こちらとしてはどうすれば良いのか。そう思い、声をかけると。
「あぁ、失礼」と黒い生き物がこちらに向き直って続けた。
「先程の通り、ネヨウ様に危害を加えないのなら、ここでの生活を許します。これは私たちの総意です、ご安心を」
「ありがとうございます……」
これで魔物に追われる生活は終わり、豊かな地で生活できる。
(良かった)
このような結果になったのは全て父のお陰、改めて父に感服するイニティー。
「これからは共に生きる仲間です、よろしくお願いしますね」
こうしてイニティーたちはネヨウという女神の下で生活を始めた。
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「なるほど、魔物ってのが居るんだね~」
「ここまでが私たち人間が貴女様の元に辿り着いた経緯。お次はネヨウ様の下での生活をどうぞお聞きください」
「うんうん、思ったより話聞くの面白い」




