第十三話:それぞれの目論見
「ここは……天国? それとも地獄?」
「どちらも違います、言ったではないですか、自殺は失敗だと」
背景と相まって随分と絵になる女性は、一瞬顔を呆れたような顔をして龍介へそう告げた。
「じゃあ、ここはどこなんだよ」
突然不思議な場所へ来て、自殺は失敗だと、そればかりを言われ苛立ちを含んだ声になってしまう。
「私のプライベートルームです」
「こんなプライベートルームがあってたまりますか?」
よくわからない。そんな言葉が脳内をグルグル回る。
「まあ本題に移りましょうか」
「本題?」
「えぇ、色々説明してあげましょう」
「もうわけわかんねぇ……」
女性は龍介の困惑を置き去りに、微笑みを崩さないまま話を進める。
「まずあなたにはこれから別世界、所謂異世界に転移してもらいます」
「はい?」
「その世界にはあなたを助けた恩人が生まれ変わって存在しています」
「はい?……恩人?」
龍介は、女性の話の中にあった、『龍介を助けた恩人』と言う言葉に引っかかりを覚えた。
そう、恩人と言われ脳裏によぎるのはあの人しかいない。
「醒那さんのこと!?」
その恩人、が醒那のことだと理解し、脳内が先程から一変、鮮明になるのを感じる。
「えぇ、現在は前世の名を捨て【ネヨウ】と名乗り生活しています。あ、ちゃんと記憶もありますよ、よくある転生物と同じで」
「そんなことが……」
(醒那さんが生まれ変わって、しかも記憶を持って異世界で生活してる?)
その言葉を聞いただけで体が疼く。
にわかに信じがたい。
だが、この世のものとは思えない色とりどりの、幻想的な空間に、その空間に佇む絶世の美女。
それらの要素が酷く説得力を持たせていた。
この女性の言うことが正しいのならば、醒那さんは生きている、いや死んではいるのだが。それでも心は、魂は今も生きているのだ。
(会いたい……)
また会って「龍介」と呼んで欲しい。微笑みかけて欲しい。
「会いたいでしょう?」
「……なんでそれを」
そんな思いを見透かしたように言う女性に、少々胸の高鳴りが委縮をする。
「これでも神なので。あ、そうです自己紹介が遅れました。私は創造の女神、ルーラと申します」
「女神……」
そんなものが本当に存在しているとは。
だが先程から異世界などという単語が出ていたため、今更女神などと言われても、と龍介の驚きは小さかった。
「では続けますね」
今度は、龍介の心の整理がついたのを見計らって、話を進め出す銀髪女性、ルーラ。
「先程お伝えした通り、あなたは異世界にて生活しているネヨウに会いたいでしょう。そこで私が機会を設けます」
一呼吸おき、ルーラは続けて言った。
「私があなたをその世界に転移させます、どうでしょう? そうすればあなたはネヨウを探せる、再会の機会を得られる」
「さっき言ってたやつですか……なんでそんなことを?」
現時点ではあまりにも龍介にとって都合が良すぎる。
こういうのは裏がある、と幼いなりにも龍介には理解があった。
「私の暇つぶしです。神というものは暇なのですよ」
「本当にそれだけ?」
「えぇ、勿論」
「本当に?」
「これ以上探っても無駄ですよ、そもそもあなたは神を前にしているのですから」
「……」
そう、神を前にただの人間が抗っても無駄。
神の決め事は運命だと受け入れるしかないのである。
(確かに、これ以上は無駄か)
それに醒那にまた会えるなら、どんなことであれ異世界に渡るだろう。
「……ネヨウと違って色々と聡明で面白いですね。いえ、ある程度の知能があったらこの反応が普通なのでしょうけど」
龍介は運動ができない代わりに頭の方面では強かった。
それに虐められてからは、見返す思いで勉学に励んでいたため、この年にしては聡明な自覚はある。
そのためルーラの言葉に間違いはないのだが。
「あの人の侮辱は許さないけど」
その言葉に、恩人を侮辱する言葉が含まれているとなると、話は変わる。
「……ネヨウも罪な女ですね」
「?」
「いえ、進めましょう」
龍介には理解できないことを呟いたと思えばルーラは話を本筋に戻した。
「先程もお伝えした通り、あなたは異世界に行き、ネヨウを探す旅に出るのですが」
「直接醒那さんのところに飛ばしてくれないんですか?」
「それは面白くないでしょう?」
「えぇ……」
こちらのこれからの苦労など考えず、さも当然のように面白さを求めるルーラに、思わず(なんだコイツ)となってしまう。
「ネヨウを探すのに、それはそれは長い時がかかるでしょう」
「どれぐらい?」
「早くて百年ですかね」
「え……それ寿命が持たないじゃん!」
普通の人間であれば百年など、寿命を迎えてしまう、ネヨウも、龍介も。
「そうですね、とはいえ寿命の問題はあなたにしかありません。ネヨウは神となっており、不老なので」
「醒那さんが神?」
少し想像してみよう。
長い黒髪で顔が隠れた神……。
(いや、そもそも転生しているから姿が違うのか)
「私としてもあなたがネヨウと再会できず、寿命で死んでしまうのは面白くありません。そこで、あなたにも不老の力を授けようと思います」
「不老の力……」
それはつまり老いることが無くなるということ。
人によっては躊躇うこともあるだろう、だが今の龍介にはその躊躇いは無い。
醒那と会えればそれでいいのだ。
「いいの?」
「えぇ、ですが私の提示する試練を乗り越えられれば、です」
「……」
(なんか都合の良い方向に誘導されてる感じがする……)
ずっとルーラの掌の上で転がされている感覚だ。
「不満そうですね。良いですか、そもそも特に善行もしていないのに欲望を叶えるチャンスを神から得られるだけ、ありがたいと思うのですよ」
「……確かに」
学校では虐められる、家では理解が無い、元の世界にもう居場所はない。
そして龍介は醒那と会いたい、ルーラはそのチャンスをくれる。
ルーラの言う通りだった。
「試練を教えて」
「やる気になりましたね、良いでしょう」
そうして試練の内容がルーラから提示された。
◇side ルーラ◇
「私は一体何をしたいんでしょうかねぇ」
龍介が去り、ここはルーラのログハウス部屋。
部屋にあるベッドに、仰向けに転がってルーラはそう呟いていた。
「いえ、ただ面白さを求めているだけですよね。優しさなんてありません」
あれ以来人と密接に関わることはしなくなった。そう決めた。
今回の件も優しさなんてものじゃなく、あくまで自分のために行った。
だからそんなに悩むことではないはず。
「まあ、余計なことは考えず楽しみましょう。感動の再会が楽しみです」
自己欺瞞のルーラは、今日も独り、暇をつぶす。




