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第九羽 毒師

 涙で滲む視界の中、キソは最後まで祖父の倒れた場所を見つめ続けていた。だが燃え盛る故郷も、泣き叫ぶ村人達の声も、夜の森へ飲み込まれるように少しずつ遠ざかっていく。


 男の肩へ担がれたまま、いつしかキソは何も言わなくなっていた。


 暴れても意味がない。叫んでも祖父は帰ってこない。その事を理解してしまったからだ。


 土に膝をつき必死に頭を下げる姿、そして、振り下ろされた剣。そして動かなくなった暖かい手。その光景が脳裏を過るたび、胸の奥が何度も壊れていく。




 どれほど歩いただろうか。山道を抜け、深い森を進み続けた男達は、やがて岩山の裂け目のような洞窟へ辿り着いた。


 そこへ入るなり、男達は背負っていた荷物を乱暴に放り投げながら歓声を上げる。洞窟の奥では早くも酒樽が開かれ、焚き火の周囲へ男達が集まり始めていた。


『ふぅ、大当たりだったな!』


『割と貴重な薬草もあったぜ?』


『薬房に売りゃあ、いくらかにはなりそうだ』


 祖父を殺した男も、村へ火を放った男も、逃げ惑う人々を笑いながら追い回していた男たちが、今は焚き火を囲みながら楽しそうに酒を酌み交わしている。


 どうしてこんな風に笑えるのだろう。どうして勝者のように振る舞っているのだろう。


 どうして・・・どうして・・・。


 そんな事を考えていると、一人の男がキソの前へ歩いてくる。


『おい』


 緑色の髪を乱暴に掴まれ、無理やり顔を上げさせられる。


『女、飯の支度だ』


 そう言って足元へ投げられた袋の口が開き、中から木匙と椀、芋や干し肉が転がり出た。さっきまで村の倉庫に置かれていた、見覚えのある物ばかりだった。


『料理くらいできるだろ』


 男達の笑い声が響く。


『生かしてもらえるだけありがたいと思え』


 誰かがそう言いながら肩を小突いてくる。


 キソは何も答えず、ただ黙ったまま地面へ転がった芋を拾い集めた。


 鍋の置かれた焚き火が目に入る。夜空へ舞い上がる火の粉、遠ざかる祖父の姿。焚き火の炎が揺れるたび、行き場を失った悲しみは毒へ姿を変え、キソの心を静かに蝕み始めていた。




 グツグツ・・・


 鍋の中で芋と干し肉が静かに煮えている。


 キソは何も言わず命じられるまま薪を足し、水を注ぎ、木杓子で鍋をかき混ぜ続けていた。焚き火の向こうでは酒瓶が回り、男達の笑い声が絶えない。


 やがて煮込みの香りが洞窟へ広がると、男達は待ちきれない様子で立ち上がった。


『おっ、出来たか!』


『腹減ったぁ!』


 男たちが椀を片手に鍋へ群がろうとした、その瞬間だった。


『待て』


 リーダー格の男の低い声が洞窟に響く。その男は無言でキソを睨み、やがて顎で鍋を指した。


『お前、先に食え』


 洞窟の空気が張り詰める。その指示に、キソは椀を手に取ると、自ら鍋をよそい木杓子で静かに口へ運ぶ。


 一口、二口、そして最後の汁まで飲み干しても少女の表情は変わらなかった。男はしばらく様子を見ていたが、やがて興味を失ったように鼻を鳴らした。


『よし、食うぞ』


 その一言で、下っ端の男がキソから木杓子を取り上げると、全員分をいそいそと取り分け始めた。


『待ってました!』


『おい、もっと酒持ってこい!』


 村から奪った酒瓶が次々と空になり、洞窟は再び下卑た笑い声で満たされる。


 誰かが昔話を語れば野次が飛び、誰かが裸になって踊り出せば歓声が上がる。やがて酔い潰れてその場へ転がる者も現れ始めたが、それでも男達の騒ぎが収まる気配はない。


『頭ぁ、次はどこを狙うんだ?』


『北の方に似たような集落があるらしい』


『マジかよ、じゃあまた一儲けだな』


 焚き火の炎はそんな男達の影を洞窟の壁へ大きく映し出し、揺らめく度に歪な形へ姿を変えていく。キソは洞窟の奥で膝を抱えたまま、その影のゆらぎを静かに見つめていた。




 そして数刻後――。


 洞窟の中は静寂に支配されていた。


 床へ突っ伏した男達は誰一人として動かない。紫色に変色した顔、黄色く濁った皮膚。苦悶に歪んだ表情のまま転がる男たちの姿は、まるで地獄絵図のようだった。


 その中で、焚き火の明かりに照らされた少女は、ただ静かに男達を見下ろしていた。


 ヒュォォォォォ・・・


 不意に風が吹き込み、焚き火の炎が大きく揺れる。


 その時だった。


 死体の山の中で、一人の男が地面へ爪を立てるようにもがく。霞んだ目は焦点を失い、紫色に染まった唇の隙間から掠れた息が漏れていた。


『ぐ・・・がっ・・・』


 男は必死に顔を上げると、震える腕でキソの足を掴もうとした。


『・・・っ』


 しかし、その指先が少女へ触れる事はなかった。力を失った腕は途中で崩れ落ち、男の身体もまた動かなくなる。




 —————。




 洞窟の中から人の気配が消え、焚き火の爆ぜる音だけが静かに響く。


『じいちゃん・・・いいよね?これで』


 その場に立ち尽くしていたキソは、やがてゆっくりと歩き出す。


 転がった男たちの屍を避けることもなく、食い散らかされた鍋の横を通り過ぎる。洞窟の出口が近付くにつれ、冷たい夜風が頬を撫でた。



 少女は一度も振り返ることなく、そのまま夜の闇へと消えていった。

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