第十羽 決意
どれほど歩き続けたのだろうか。
気が付けば、キソは焼け落ちた故郷へ戻っていた。
洞窟を出た記憶も、どの山道を越えて来たのかも思い出せない。ただ足だけが何かに導かれるように動き続け、気付いた時には見慣れた里の入口へ立っていた。
燃え尽きた家々からは細い煙が立ち上り、焼け焦げた木の匂いが辺り一面へ漂っている。人の声はもうどこにもない。ただ風だけが瓦礫の間を吹き抜け、灰を静かに舞い上げていた。
キソはゆっくりと歩き出す。
倒れた村人達の間を通り過ぎても、足は止まらない。どこへ向かうのか考えるより先に身体が動いていた。
『・・・っは・・・」
視線の先には、土に伏したまま動かない祖父の姿があった。洞窟へ連れ去られる時、最後に目へ焼き付いた、あの場所である。
近付きたくなかった。あそこへ足を踏み入れた瞬間、祖父の死を認めてしまう気がしたからだ。それなのに胸の奥では、今すぐ祖父の傍へ駆け寄りたいという想いが湧き上がってくる。
そんな相反する感情に足を縫い止められたまま、キソはしばらく立ち尽くしていた。
祖父が眠るその場所は、二度と見たくないほど恐ろしく、それでもこの世界で誰よりも離れたくない場所だったからだ。
やがて震えるように息を吐くと、小さく一歩を踏み出す。その足取りは重く、一歩進むたびに胸の奥の傷口を抉られるような痛みが走った。
その時だった。
土を掴むように、祖父の指先がほんの僅かに動いた気がした。
『・・・っ!?』
息を呑んだ瞬間、考えるよりも先に、キソは弾かれたように駆け出していた。
視界が涙で滲んだだけかもしれない。期待してしまえば、また絶望する。そう自分へ言い聞かせても、一度生まれた希望はもう止められなかった。
『……じいちゃん!!』
祖父の身体を抱き起こると、その胸はまだ微かに上下していた。浅く途切れ途切れの呼吸は、今にも消えてしまいそうだった。
『キソだよ!しっかりして!じいちゃん!!』
何度も呼び掛ける声に反応するように、祖父の瞼が僅かに震える。
『……き、そ……?』
掠れた声だった。
それでも確かに、自分の名を呼んでくれた。
『じいちゃん……!』
祖父は震える手を伸ばそうとしたが、その腕は途中で力尽き土の上へ落ちる。そして、乾いた唇がゆっくりと開いた。
『……許、さん』
その声には、キソが一度も聞いたことのない色が宿っていた。
『キソに……手を、出したら……殺す……』
震える喉から絞り出される声は、呪いにも似ていた。
『この世の……ありと、あらゆる毒で……お前らを……苦しませ……』
祖父は苦しげに息を吸い込み、血の滲む唇を震わせる。
『骸すら……残さぬ……滅びの毒で……必ず……』
それは、キソが生まれて初めて聞く祖父の憎しみだった。
誰よりも穏やかで、人を救うためだけに薬と向き合ってきた祖父が、今だけは人を殺すための毒を口にしている。
『じいちゃん……』
その怒りもその呪いも、すべて自分のためだとキソは理解していた。こんな姿になってまで、守ろうとしてくれているのだ。
『・・・キ・・・』
祖父はまだ何かを伝えようと唇を震わせていた。
けれど、その声はもう言葉にならない。
キソは祖父の手をそっと握り返すと、震える指先を静かに包み込んだ。その瞳から涙が零れ落ち、祖父の手の甲へ小さく弾ける。
『じいちゃん・・・もう、いいよ』
やがてキソは、ゆっくりと顔を上げた。
その視線は焼け跡の奥、祖父が封じた禁毒房へ向けられていた。




