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第八羽 最後の夜

『火だ!全部燃やしちまえぇぇ!!』


 夜の静寂を切り裂く怒号と共に、幾つもの松明が集落へ投げ込まれた。


 軒先に吊るされていた毒草へ火が移ると、炎はまるで獲物を見つけた獣のような勢いで燃え広がっていく。赤く染まった火の粉が夜空へ舞い上がり、静かだった集落は一瞬にして悲鳴と喧騒に包まれた。


『なんだ!!火事か!?』


 飛び出してきた村人達だったが、その目に映ったのは燃え盛る炎ではなく、剣や斧を手にした男達の姿だった。


 薬草を育て、山と共に暮らしてきた者達に戦う術などない。


『おらぁ!一匹目!!』


 逃げ惑う老人の背中へ容赦なく刃が振り下ろされ、子供を抱えた母親が泣き叫びながら森へ走る。その後ろ姿を追うように男達の笑い声が響き渡り、火の手は次々と家々を飲み込んでいった。


 その頃、キソは騒ぎで目を覚ました。眠気の残る目を擦りながら身体を起こした瞬間、窓の隙間から差し込む赤い光に違和感を覚える。


 夜なのに明るい?そう思った次の瞬間、外から聞こえてきた悲鳴に胸がざわついた。


『じいちゃん・・・?』


 不安になって呼びかけた時だった。小屋の扉が勢いよく開き、祖父が転がり込むように飛び込んでくる。


 その顔を見た瞬間、キソは息を呑んだ。いつも穏やかな祖父が、今まで見た事もないほど険しい表情をしていたからだ。


『キソ、逃げるんじゃ!』


 祖父は事情を説明しなかった。いや、説明している時間など無かったのだ。


 キソの手を掴むと、そのまま裏口から外へ飛び出す。


 吹き付ける熱風に思わず目を細める。昼間まで村人達が談笑していた広場は炎に照らされ、あちこちで人影が走り回っていた。


『あ、ばあちゃん!』


『もう駄目だ、行くんじゃ!』


 何が起きているのか理解できないまま、キソは祖父に引かれて森へ向かって走った。


 だが、その行く手を遮るように松明の灯りが揺れる。獣道の先から現れた男達が二人を見つけると、獲物を見付けた獣のように口元を歪めた。


『おい、女だ!』


『逃がすかよ』


 下卑た視線がキソへ集まると、祖父の握る手に力が入った。


 逃げ切れない、そう悟った祖父はキソを背中へ隠すように前へ出ると、震える足で男達の前に立った。


『待ってくれ・・・!』


 祖父はキソを背中へ庇いながら男達の前へ立った。


『なぜこの里を襲う?わしらは山で薬を作り、静かに生きてきただけじゃ!』


『だからなんだ?』


 男の一人が祖父の言葉を遮るように鼻で笑った。


『毒を使う邪教・・・そんな危険な集団を制圧したとなりゃあ、ギルドからの報酬は思いのままだ』


『バカな!我らは誰かに害を成した事など!!』


『うるせええ!事実なんてどうでもいいんだよ!』  


 男達の間から下卑た笑い声が漏れる。


『それに村一つ潰しゃ、色々転がってるだろ?』


 祖父は言葉を失った。里を襲撃した正当な理由などない。目の前の男達は、ただ酒代と小遣い欲しさに襲ってきただけだった。その事実を理解した瞬間、祖父の肩から力が抜ける。


 そして――。


『せめて、この子だけは・・・』


 論じる余地はないと踏んだ祖父はゆっくりと膝をついた。


『この子だけは見逃してくれ!』


 掠れた声だった。それでも祖父は頭を下げる。


『まだ何も知らない子じゃ・・・頼む!!!』


 祖父は何度も頭を下げた。土で額を汚しながら、それでもキソだけは助けてくれと懇願する。


 しかし男達はニヤニヤしながら顔を見合わせるだけだ。やがて一人が面倒臭そうに肩を竦める。


『あー、めんどくせえ・・・な!!』


 短い言葉と共に剣が振られると、祖父の身体が大きく揺れる。何が起きたのか理解する前に、その身体は糸の切れた人形のように地面へ崩れ落ちた。


『じ、じいちゃん!』


 返事はない。


『じい・・・』


 さっきまで自分の手を握っていた祖父が動かない。身体の下から広がっていく赤だけが、嫌でも現実を突き付けてくる。


『ちゃん・・・?』


 理解したくない現実に声が震える。だが祖父はもう動かない。その事実が胸へ突き刺さった瞬間、キソの喉から悲鳴が溢れ出した。


『い・・・いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 祖父の元へ駆け寄ろうとした身体が後ろから乱暴に持ち上げられる。


『緑髪かぁ、こりゃいい拾い物だ』


 キソは必死に全身全力で暴れた。それでも大人の腕はびくともしない。男は荷物でも担ぐようにキソを肩へ抱え上げると、燃え盛る集落へ視線を向けながら下卑た笑みを浮かべた。


『とる物取ったら行くぞ!』


 男の肩に担がれながら遠ざかっていく祖父は動かなかった。炎は夜空を赤く染め上げ、家族のようだった村人達の声も次第に聞こえなくなっていく。


 涙で滲む視界の中、キソは最後まで祖父の倒れた場所を見つめ続けていた。

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