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第二十一羽 対峙

 グオオォォォォォォ………。


 茂みのさらに奥から響いた咆哮は、山全体を揺るがすほどの重低音だった。


 木々の枝葉が震え、眠っていた鳥たちが一斉に飛び立つ。その羽音さえ掻き消すほどの威圧感に、ルカの身体は反射的に強張った。


『な、なんだよ!?』


 その答えはすぐ目の前へ現れた。


 ミシッ――。


 太い幹が大きくしなり、次の瞬間、激しい音を立てて横倒しになる。


『グオオオオオオオオオッ!!』


 倒れた木の向こうから姿を現したのは、一頭の巨大な熊だった。


 赤黒い毛並みは雨に濡れて鈍く光り、人の何倍もある巨体が歩を進めるたび、大地がずしりと沈む。その額には無数の古傷が走り、鋭い牙の隙間から漏れる荒い息は白く揺れていた。


 そして何より異様だったのは、その両目だった。


 血を流し続けているかのような、真っ赤な瞳。


 獲物を見失うまいと細められたその視線は小さなヒナでも少女でもなく、茂みの奥で震える三尾の山犬だけを真っ直ぐ捉えていた。


『・・・熊!?』


 ルカは思わず息を呑む。


 三尾の山犬は耳を伏せ、身体を低くしたまま一歩、また一歩と後ずさる。先ほどまでルカを威嚇していた姿はどこにもなく、今は小さく喉を鳴らすことしかできなかった。


『グルゥ・・・』


『・・・逃げて』


 キソが小さく呟く。


 その声に弾かれたように、三尾の山犬は突然駆け出した。赤熊も低く唸ると、地面を抉るように前脚を踏み込み一気に飛び出す。


 ドォンッ!!


 巨体とは思えない速度だった。


『うわっ!?』


 目の前を黒い影が駆け抜け、突風が二人の身体を大きく揺らす。


 三尾の山犬は木々の間を必死に逃げ回るが、赤熊は倒木すら踏み潰しながら距離を詰めていく。


『あいつ、山犬を追ってるのか!?』


『私たちじゃない』


 キソは短く頷いた。


 たしか熊ってやつは、一度狙った獲物にはしつこく食らいつく習性があると聞いたことがある。


『それなら好都合だ!今のうちに逃げようぜ!』


 正義感だけで勝てる相手ではない。


 山犬には悪いが、こっちは幼女と生まれたばかりのヒナだ。相手が自分たちを狙っていないなら、わざわざ首を突っ込む理由なんてない。今は生き延びることが最優先だ。


『行こう、キソ!』


『・・・うん』


 キソはルカを抱き直し、その場を離れようとした。


 その矢先だった。


 逃げていた三尾の山犬が突然向きを変え、二人のいる方へ全速力で駆けてくる。


『えっ!?』


『こっちに来る』


 三尾の山犬はキソたちのすぐ脇をすり抜けるように駆け抜けた。


 その直後だった。


『グオオオオオッ!!』


 一拍遅れて赤熊がキソとルカに一直線に突っ込んでくる。


『うわぁぁっ!!』


 叫ぶルカを抱えたまま、キソは無言でひらりと飛び退いた。その勢いのまま、赤熊はそのまま正面の大木へ激突した。


 ドゴォォォォ………ンッ!!


 幹が大きく揺れ、枝葉が一斉に舞い落ちると、三尾の山犬は、その隙を逃さず森の奥へ姿を消した。


『あっぶねえ~・・・』


 ルカが安堵したのも束の間だった。赤熊はゆっくりと大木から身体を離すと、今度は赤く染まった両目が真っ直ぐキソたちを捉えた。


『お、おい・・・まさか』


 獲物を取り逃がした苛立ちが、その視線だけで伝わってくる。


『怒ってる』


 キソが小さく呟く。


 赤熊は鼻を鳴らすと、二人へ向かって低く唸った。


『グルルルル……』


 その赤い眼光は、逃げた獲物の代わりに、狩りの邪魔をした小さな二人を捉えていた。

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