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第十九羽 本能

 小鳥のさえずりが森へ響く。


 枝葉の隙間から差し込む朝日が、大木の洞を柔らかく照らしていた。


『ぴぃ・・・』


 まだ眠気の残る頭とは裏腹に、小さなくちばしだけが何かを求めるように開いたり閉じたりを繰り返す。


『ぴぃ・・・ぴぃ・・・』


 人間だった頃の記憶よりも先に、身体へ染み付いたヒナの本能が動いていた。口を開ければ誰かが餌を運んでくれる。そんな当たり前を求めるように、何度も小さく鳴く。


『ぴ・・・』


 そこでようやく目が覚めた。


『って、おれ何やってんだ!』


 反射的に辺りを見回す。


 誰にも見られていないことへ胸を撫で下ろしたのも束の間、その視線は隣にいるはずのキソの姿を探していた。


『あれ?』


 わずかに残る温もりだけが、ついさっきまで誰かがいたことを教えていた。


『おーい、キソー?』


 ルカの呼びかけは返事が無いまま、森の奥に吸い込まれていった。




 一方その頃。


 キソは朝露に濡れた森の中を一人静かに歩いていた。携帯用の薬カバンを肩に掛け、腰に差した小刀。村にいた頃と変わらない、いつもの朝の日課だった。


『あ!』


 思わず岩陰へしゃがみ込む。


 そこには青白い葉を広げた雷魚草が群生していた。朝露を浴びた葉は魚の鱗のように青く光り、風が吹くたび水面のようにきらきらと揺れる。


 一見するとただの草にしか見えないが、その根へ蓄えられた毒液は神経を一瞬で痺れさせる強力な毒になる。山奥でしか採れない貴重な毒草だ。


 キソは傷付けないよう根元から一本ずつ丁寧に摘み取り、薬カバンへしまっていく。


 さらに少し歩くと濃い色の花を咲かせた小桜が目へ入った。


『これ、橙桜』


 濃い橙色の花弁は朝日に照らされると本物の桜のように美しく輝いていた。甘い香りまで漂わせるその姿からは、とても猛毒を撒き散らす花とは思えない。


 キソは風向きを確かめると、小さく頷き、慎重に小瓶を花へ近付けた。


『ふふ・・・いっぱい』


 薬籠が少しずつ重くなっていくと、キソは嬉しそうに小さく笑った。祖父へ「今日はたくさん採れた」と報告するのが毎朝の楽しみだったからだ。


 その時だった。


『・・・ん』


 ぬかるんだ地面へ視線が止まる。


 昨夜の雨で柔らかくなった土には、獣らしき足跡がくっきりと刻まれていた。それは、木の陰から茂みの奥へ向かって、真っ直ぐ続いている。


『・・・けもの』


 土はまだ崩れていない。雨水も溜まっていなかった。ついさっきまで、この辺りを歩いていた証拠だった。しゃがみ込んでそっと指先で触れながら、ほんの少しだけ周囲を見回す。


『・・・』


 追うことはできる。追えば、正体くらいは分かるかもしれない。けれど、今はルカを一人にしている。 まだ生まれたばかり。一人では何もできない小さなヒナだ。


 キソはもう一度だけ足跡へ目を落とすと、小さく薬カバンを握り直した。


『・・・ルカ、ご飯』


 誰に聞かせるでもなく小さく呟くと、キソは大木の洞を目指して足早に引き返し始めた。

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