第十六羽 活性丸
キソは石鉢へ毒草を入れると、棒でゆっくりと擦り始めた。
ゴリ……ゴリゴリ……。
葉が潰れ、濃い緑色の汁が少しずつ滲み出していく。そこへ小瓶から淡い紫色の粉をひとつまみ加え、今度は別の薬草を混ぜ合わせる。
その様子を眺めながら、ルカの腹がぐぅと鳴った。
(腹、減ったな・・・)
そういや昨日からまともに食べていない。最後に食べたのはあの巨大ヒナの食べ残したトカゲの前脚だった気がする。
キソは擦り終えた薬を指先で丸め、小さな団子ほどの丸薬を作る。
『できた』
『おっ、なんかの薬か?』
丸薬はほんのり草の香りがして、妙に美味そうに見えた。
(ちょうどいいや。腹の足しにはなるだろ)
キソが差し出すより早く、ルカはひょいっと飛び付いて丸薬をくわえる。ほろ苦さの中に少しだけ甘みがあって、後味も悪くない。
『うまっ!これ、何でできてるんだ?』
キソは石鉢を片付けながら、たんたんとした調子で答えた。
『三日月草の毒根と、毒ムカデの足。それから――』
『毒ムカ・・・?ぶふぉっ!!』
ルカは思い切り丸薬を吐き出すと、反射的にキソが片手でキャッチする。
『ルカ、最後まで聞け』
静かにそう言って、丸薬を丸め直す。
『いやだって、今毒って・・・』
『発熱性の毒ムカデの足に、麻痺性の三日月草の毒を合わせて・・・』
ルカは訳が分からないといったふうに翼をぶんぶん振り回すと、キソは少しだけ困ったように咳払いした。
『いや、毒は何しても毒だろ!』
『ちがう。特定の毒の組み合わせは薬になる調合がある』
ぽかんとするルカに、キソは石鉢を軽く叩きながら続ける。
『じいちゃんの・・・教えだから!』
その一言だけは、不思議なくらい自信に満ちていた。
『毒を喧嘩させる。強い毒を、別の毒で変質させる』
そう言うと、キソはさっき吐き出された丸薬をルカへ差し出す。
『活性丸・・・活力を生む効果だけが残る』
その表情は、さっきまで巨大ヒナを解体していた時とも違う、毒師として祖父を信じ切っている真っ直ぐな目だった。
ルカは丸薬とキソの顔を何度も見比べる。
(この子・・・嘘ついてる顔じゃないんだよなぁ)
『治したいなら・・・飲め』
その一言に、ルカは小さくため息を吐いた。
『わーったよ・・・』
覚悟を決めると丸薬をもう一度くわえ、今度は一気に喉に流し込む。
ゴクリと喉を通過し、胃に到達すると間もなく、ルカの胸の奥がドクンと大きく脈打った。
『うおっ!?』
次の瞬間、全身の血が一気に巡るような熱が翼の先まで駆け抜ける。
『うぉぉぉぉぉぉぉ!!』
重かった身体が嘘みたいに軽くなり、ぼんやりしていた頭も一気に冴え渡った。
『なんだこれ!?エナジードリ・・・いやそんなの比じゃないぞ』
思わず翼を広げると、さっきまで痛んでいた付け根まで軽くなっている。翼をバタつかせて小さな薬房の中を駆けまわるルカ。キソはそんなルカを見て、小さく笑った。
『ほら効いた』
『いや、効いたなんてもんじゃないって!』
ルカは翼を何度も広げながら薬房の中を飛び跳ねる。身体が軽い。今なら何だってできそうだった。
その勢いのまま窓枠へ飛び乗り、外へ目を向ける。
『・・・あれ?』
ふと違和感を覚えた。
窓の外へ目を向けると、焼け焦げた家々が朝日に照らされている。黒く焼けた薬草畑には風だけが吹き抜け、人が暮らしていた気配はどこにも残っていない。
耳を澄ませても、鳥の囀りも、人の笑い声も聞こえなかった。
『なぁ、キソ』
石鉢を片付けていたキソが手を止める。
『なんだ、ルカ』
ルカはもう一度、静まり返った村を見渡した。
『この村さ』
一拍置いて、小さく尋ねる。
『なんで、誰もいないんだ?』
その問いに、キソは何も答えなかった。石鉢を抱えたまま静かに俯き、その肩がほんの少しだけ震える。
『寒いのか?大丈夫かよ、おい・・・』
それ以上は聞けなかった。
さっきまで賑やかだった薬房は、水を打ったような静けさに包まれていた。




