五年待ってください
三日三晩戦い続けた。僕はなんとかスタンピードを抑えきった。
誰かが王都からやって来る。
「おーい! 無事か!」
それはギルド長である隻眼短髪黒髪の大男だった。
「凄いなこれは」
僕の凄惨な姿を見て、ギルド長は目を細めた。
「これ全部、一人でやったのか?」
僕はこくりと頷く。僕は片腕を失い、はらわたを喰い破られていた。
僕はなんで今でも立てているか分からない。フォルマーレ王女殿下との約束がある為か?
満身創痍の僕の頭だけはハッキリしていた。
「ギルド長、全てがアンデッドでした。こんなことが出来るのは、魔族か、それとも一握りの冒険者だけです」
ギルド長が頷く。
「白魔導士、速く回復魔法を」
ギルド長に急かされ白魔導士が回復魔法をかけるが、傷が塞がらない。
ギルド長に向けて首を横に振る白魔導士。
「何か言い残すことはあるか?」
「ありません。フォルマーレ様には、僕の口からただいまを言うつもりです」
「しかし…」
僕は手ごろな魔核を拾い破れたお腹に入れる。
魔核は僕の身体を修復し始めた。
「なんと、おぞましい」
僕は魔族になった。無事に帰ったとは言えないかもしれない。だが、これしか方法はなかったのだ。
僕の身体が綺麗に修復された。しかし、瞳の色は赤色に染まる。
「それじゃあ、帰りましょうか?」
「待て、魔族になったお前を、王都内に入れることは出来ない」
「なぜです? 僕の意識はこれだけハッキリしているのに」
「自覚しろ。貴様は魔族になったのだ」
「魔族?」
「魔核を持った人間を魔族と呼ぶのだ。貴様は魔核を生きたまま取り込んだ。では魔族以外のなんだと言うのだ?」
「……」
そこへ、王族の馬車がやって来る。フォルマーレ王女殿下だ。
「アルコバレーノ様!」
泣きながらフォルマーレ王女殿下が僕に抱きついてくる。
「聖女様、離れなさい! 其奴はもう人間ではありません」
「ええ…ええ! 承知していますわ! アルコバレーノ様は魔族になったのでしょう!」
「なぜそれを!?」
「予見していたからに決まってますわ! アルコバレーノ様が魔族になられることを!」
「そんな、では聖女様はわざとアルコバレーノ殿を死地に追いやったのですか?」
「いいえ、わざとではありません。アルコバレーノ様が、10歳で魔族になられることだけを知っていたのですわ」
「それは、まさに予言ではありませんか」
「いいえ、予見ですわ。アルコバレーノ様が冒険者登録に行くと言い出したこと。魔族と魔物が同じ魔核を持っていて、モンスターの心臓が止まり命を落とすと魔核だけではアンデット化すること。それらを知って、生きたまま魔核を埋め込んだらどうなるか。先の盗賊退治で魔族の魔核を貰ってからずっと考えていたのです。とにかく、アルコバレーノ様が無事で良かった。心臓は無事なのでしょう?」
ニコリと微笑むフォルマーレ王女。
「ええ、無事ですよ」
僕はニコリといつもの笑顔をフォルマーレ王女殿下に返す。
「目だけが、少し赤くなりましたわね」
「そうなんですか? 自分では分からないものですから」
「とにかく、お城に帰りましょう。スタンピードが終わった宴が始まる頃ですわ」
馬車に乗り込む僕とフォルマーレ王女殿下。
フォルマーレ王女殿下がギルド長に言った。
「勇者パーティーには気をつけておくことですわ」
ギルド長が呟く。
「勇者パーティーを疑えと?」
「ええ、それではまた」
馬車に乗った僕は、安心感と緊張の緩和により眠ってしまった。フォルマーレ王女の膝を枕にして。
※※※
僕は目を見開いた。
眩しい陽光が窓から降り注ぐ。僕のベッドの傍らには、フォルマーレ王女殿下がいた。
「アルコバレーノ様、アルコバレーノ様! 目をお覚ましになったのですね!」
僕の手をフォルマーレ王女殿下が握ってくれていた。
セバスティアーノが声をかけてくる。
「ご無事で良かったです」
僕は言った。
「うん。ただいま」
「もう三日も眠っていたのですよ」
「三日不眠不休で戦っていたから丁度いいね」
セバスティアーノが咳払いする。
「コホン。冗談が言えるのならもう安心です」
僕と二人は一緒に笑い合った。これから起こることは一旦置いといて。
※※※
ギルド貴賓室。
ギルド長が机に肘をつき、視力の残る片目を瞑っていた。
ギルド長はゆっくりと目を開ける。
目の前には勇者パーティー。右横の机に座るのはヒュドラを退治して得た称号を名前にしているA級パーティー「ヒュドラの首」。左横の机には何回も魔族から王国を守り、得た称号を持つA級パーティー「魔族請負屋」。三つのA級パーティーが揃っていた。
「諸君に集まってもらったのは、以上の件だ。『魔族請負屋』の意見を聞かせて欲しい。
「魔核を取り込んで、正常な意識を保つのは不可能です。過去に治癒の為に魔核を取り込む実験をしていた者たちがいるのですが、皆正気を失い駆除されました」
「正気を保っていた人物はいるのか?」
「一人だけ。アルテという少女がいます。貧しい村で彼女の家も例外なくお金がありませんでした。そのせいで病気のアルテを助けられずにいました。そんなアルテに魔族が薬と称して、小さな魔核を埋めたのですが、正気を保ったまま今でも元気に過ごしています」
「村に危険はないのか?」
「わかりませんとしか…」
「だが、例外があるというわけだな」
「はい」
「しかしだ。王城に魔族がいるとなれば、近隣諸国からは印象は良くないだろう。近隣諸国と共に魔族と戦ったことのある勇者パーティーはどう思う?」
「ハッキリ言わせて頂くと、最悪です。としか言えません」
銀色長髪の勇者に話を続けるようにと顎をしゃくって促すギルド長。
「まず北の帝国は直接魔族領と接しています。その苛烈な戦争の歴史から、帝国は魔族を神の敵と称しています」
「続けろ」
「西の公国は、過去に魔族達に支配された歴史から、魔族が王城にいることを知れば、我が王国が魔族達に乗っ取られたと受け止めるでしょう」
「さて、国王陛下はどう判断なされますか?」
後ろに控えていた国王陛下に判断を委ねるギルド長。
「ふむ、追放はやむを得ないか。さて、フォルマーレにはどう伝えるべきかのう」
「魔族と過ごすのは百害あって一利なしと伝えればよろしいかと」
「ふむ。魔族と停戦合意するのはどうじゃ?」
「陛下!それは我が国の民に犠牲になれと?」
「いや、そうではないがな。フォルマーレがあそこまで懸想しておるのだ。わしはな、凡夫な方だとわかっているつもりじゃ。しかし、その代わりにフォルマーレを授かった。フォルマーレの言ったことは今まで全て正しかった。わしもまた、アルコバレーノを息子のように思っておる。それを追い出すことは出来ぬ」
「それは、クーデターが起きますぞ。陛下」
「くッ…それは、なんとかならぬか?」
「凡夫であろうと、一国の主です。我々は陛下の判断に委ねるしかないのです」
「…そうか。そうじゃな。ここは、フォルマーレに譲ってもらうしかあるまいな」
「正しい判断かと」
※※※
「アルコバレーノ様、国王陛下がお呼びです」
セバスティアーノが言う。
「わかった」
こうなることは分かっていた。魔族が王国に、しかも王城に、留まることは許されないと。
謁見の間。僕は国王陛下の前まで行くと膝をついた。近衛兵が左右から槍を僕の首に十字に重ねる。
「さて、アルコバレーノ。言いにくいのじゃが…分かるな」
「はい。僕が王国にいれば、不利益が多いのは理解しております」
「うむ。さあ、お入りフォルマーレ」
目を真っ赤に腫らしたフォルマーレ王女殿下が謁見の間へとやって来た。
フォルマーレ王女殿下は、カーテシーをすることなく、国王陛下の前で頭を床に擦り付けた。
「お父様…これは、愚かな判断です…」
「分かっておる」
「ではどうしてッ!」
顔を上げて叫ぶフォルマーレ王女殿下。
「“人間”達が黙ってはおらん」
「では、お願いがあります」
「聞こう」
「アルコバレーノ様を、帝国の北の要塞に送ってください」
「正気か? あの地はこの世で最も魔族を恨んでいる土地じゃぞ」
「アルコバレーノ様を追い出すのであれば、それが条件です」
「む…うむ。分かった。そうしよう。そなたが言うのであれば、それが正しいのだろう」
※※※
城のバルコニーから夕陽を見つめるアルコバレーノとフォルマーレ。
「アルコバレーノ様、私が憎いですか?」
「とんでもない! 親に捨てられ、僕を拾ってくれたきみに感謝こそすれ、恨みや憎しみなんか一ミリも存在しないよ」
「では、アルコバレーノ様にお願いがあります。五年、戦場で生き残ってください」
「五年?」
「はい。五年生き残ってくだされば、私が必ず迎えに行きますから」
アルコバレーノとフォルマーレは抱き合うと、唇が微かに触れるキスをした。
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