私のしたいことをしたいのです
「フォルマーレ女王、戦争の選択を。今、戦わねば魔王国に全てを吞まれてしまいます」
王国の謁見の間には、今玉座にフォルマーレが座り、揃って膝をつく公国の貴族達がいた。
「なりませぬ。今や女神王国領は南の帝国と東の共和国との間で和平交渉をしております。人間側からそれを裏切れば、女神王国領に隙を与えることになります。あるいは帝国と共和国との戦争が起きかねません」
膝をついた老齢の伯爵が叫んだ。
「共和国はともかく、帝国は我らに付くでしょう! 長年魔王国に苦しめられたのは我々とあの国なのですから!」
「それはありえません。帝国皇帝は今は空位です。実質実権を握っているのは第一王女のティンバッロ殿と聞いております。ティンバッロ殿は反戦派です。彼女が女神王国領を攻撃する意志はゼロと言ってよいでしょう」
この公国たちの人間はわかっているのだろうか。女神王国領に編入され、帝国や共和国はそれを認めたという事実がどれほど重いものかを。
「公国は女神王国領と共に生きることを選びました。王国もまた、女神王国領と共に生きることを選ぶでしょう」
驚愕する公国の貴族達。
「貴様らは一体何を考えておるのだ!? 人間を捨てて魔族として生きようとでも言うのか?」
「魔族はいなくなったのです。物理的にではなく、定義としての魔族はもうこの世には存在しません」
「ありえぬ!この世に赤目がいる限り、魔族が消えて無くなることはない!」
「そうだとも。赤目が死滅するまで、我々は戦わねばいかんのだ」
「そんなことはありません。赤目も白目も皆同じ人間です。同じ人間に魔族と名付けて死滅させようとしていたのが愚かにも我々白目なのです」
「不謹慎な!愚かなのは我々ではない!魔族を放置することこそ愚かなのだ!王国の勇者様も魔族共にやられたのであろう」
「とにかく、王国には女神王国領と戦う未来はありえません。もし戦うと言うのなら、皆さんを追い出さねばなりません」
「くうッ!そこまで落ちたか人間達は」
公国の貴族達が遠い縁戚である貴族家へと馬車で帰って行く。
「あそこまで他人任せなのを見ると、逆に清々しいですな」
「マルツォ、止めて。頭が痛くなるわ」
「姫様は正直なところ魔王にどんなイメージをお持ちなのですか?」
「女神様ですわ」
「姫様も姫様で見てきたようにおっしゃいますな」
「ええ、見てきたのです」
「いつ、どこでです? それとも予言ですか」
「ゲームですわ」
「最近の姫様はおかしゅうございます」
ばあやがカーテシーをして謁見の間へと入って来た。
「あれほど魔王討伐とおっしゃっていたじゃありませんの。ここに来て方針を変えられたのですか?」
「あれは、この王国に勇者様がいた頃のお話ですわ」
「王国の勇者様は魔王国で断罪されたとお聞きしましたわ」
「そちらの似非勇者ではありません。赤目となり帝国に向かった勇者様の方ですわ」
「あの子供は裏切って今や魔王国の勇者を名乗っているではありませんか」
「それもこれも全部、あの似非勇者のせいです」
「勇者様はこの国を救ってきたのでしょう」
ばあやが諭す。
「いいえッ!自分で蒔いた種を自分で回収していただけですわ。勇者様を赤目にしたのもあの似非勇者ですわ!」
「まあまあ、そんなことを言っては不敬と言われますよ」
「王国の民も民です。あんな偽物に騙されて、偽物を担ぎ上げていたなんて」
そこへ、近衛騎士が駆け込んできた。
「女王陛下、伯爵家のチェロ=ソーニョ様がお越しです」
「はあ? なんでアポイントも取らない人間に合わないといけないのです?」
「まあまあ、ここはとりあえず、会ってみようじゃありませんか」
ばあやがパンパンと手を叩く。
謁見の間に入って来たチェロ=ソーニョ、膝をつく。
「まずは、初めましてですか。女王様」
「あなたは、アルコバレーノの弟君ではありませんか。何の用事です?」
「兄上の非礼について、まずはお詫び致します」
「お詫びとは何です?」
「王国の勇者の義務を放棄して、魔王国領の勇者になったことです」
「あなたも転生者ですね?」
「はい。兄上が王国を放棄して出ていった時、決まった運命があったかと思うのですが」
フォルマーレは生唾を飲み込んだ。
「あなたと私では性格や価値観が合いませんわ。どうぞ、お帰りになって」
「私は6属性魔術を極めました。ゲーム通りです」
「あなたと結ばれた場合、私が幸せになるという例はなかったはずです」
ニコリと不敵に笑うチェロ。
「この世界はもうAIが支配する世界です。今まで起こっていた出来事が消え、それぞれのNPCや転生者が考えながら生きる時代になったのです。女王様はこの事実を受け入れますか?受け入れませんか?」
「それは……」
親指の爪を噛むフォルマーレ。
「あなたは王国の新たな勇者になろうとしているのですか?」
「何か問題はありますか?」
「問題はありませんが……」
「私は運命の人と一緒にいて欲しいのです」
「確かに兄は運命の人でしたが、私も運命の相手であったと思います」
「それに、NPCが自分の力で考え始めました。私も、自分の力で考えて幸せを判断していきたいと思っているのです」
チェロが舌打ちする。
「うちの姫様は義務より自分の幸せのみを考える人だということが分かりました」
「生まれてきたからには、自分の幸せを考えるのが普通でしょう。私は女神王国領に行きます」
「あんた馬鹿か。あんたが魔王国に行けば、あんたが殺されるのをずっと見て来ただろうが」
「それがもうあり得ないと言っているのです」
「そこまで世界が変わってたまるか。NPCごときに嫁ぐと言うのか」
「そのNPCがもう自分で考え始めているのです。AIにしろ、転生者にしろ、ここからは自分で判断して世界を変えていくことが出来ると言っているのです」
「それなら、あんたの可愛い妹君は俺が貰っていく」
「いいえ、それは駄目です。あの子には想い合う婚約者がいますから」
「黙れ、責任を放棄し、あまつさえ妹も幸せにしろというのか」
「あなたが勇者になるのは好きにしなさい。もし、しつこく言うのなら、ここであなたを殺しますわ」
威圧するフォルマーレ。
生唾を飲み込むチェロ。恐ろしいものを見たようで鳥肌が立つ。
「はッ!それでは勇者にさせて頂きます」
「結果は出しなさいよ」と笑うフォルマーレ。
「良かったのですか? フォルマーレ様?」
老兵のマルツォが問う。
「ええ、良かったのですよ」
「六属性魔術を極めた出所正しい男子ですぞ」
「姫様そんなことより、姫様は魔王国領に向かわれるのですか?」
フォルマーレは生まれてきた時から、この国の為に尽くしてきた。今になってフォルマーレがいなければ何とかならないという問題は既にない。
「ええ、とりあえず私は一時的に妹に任せて、女神王国領に渡りますわ」
「それでは姫様、このばあやをお供につけてくださいませ。ばあやは姫様がいるところに必ずいなければなりません。私もそう決めたのです」
フォルマーレの目から涙が溢れる。
「そんな。ばあやには帰るべき家があるでしょう。娘さんとお孫さんのところに帰る予定だったではありませんか」
「私は、姫様と一緒にいたいのです。生まれて来てからずっとあなたのことを見てきました。この国を幼い頃から支えるあなたを見てきました。私くらいはあなたと共にいても罰は当たりません。私は姫様のしたいことと心中する覚悟です」
「ばあや、それでは私について来て下さいますか? あなたに辛い思いをさせるかもしれませんが、あなたがいればとても心強いのです。あなたは精神的支柱ですわ」
「とても嬉しいお言葉です。私はあなたの幸せを持って、空へと旅立ちましょう」




