エリクサー
「アハハ、そんなに噛みついちゃダメだよ。肉が削げ落ちるからね」
僕は魔森でその名も魔森うさぎを拾いペットにしている。ペット兼非常食だ。
名前はポチと名付けた。フォルマーレ王女殿下が、ペットにはポチと名付けるのが常識だと言っていたからだ。
ポチは人懐っこい。よく甘噛みしてくるし、僕が寝ていると、爪をよく研いで刃物のようになったキラリと光る爪を見せつけてくる。
ポチはウサギでは大きい方で、二メートルはある。だから僕は、寒い要塞の中でポチを抱きしめ、ぬくぬくとしていられる。
ポチの餌だが、魔力を与えればいいだけなので、非常に効率の良い食料もとい、ペットだ。
要塞の他の住民は、魔森ウサギは狂暴で、ペットとして飼うことは出来ないと言ってたが、普通に可愛いペットをしてる。
しかし、他の人には懐かないようで、部屋の中で飼うように言われた。だからストレスも溜まるだろうと思われ、二日に一度は魔森まで散歩に行っている。
そうそう、魔森といえば、同い年の魔族と知り合いになった。
名前はビアンカという。
最初にあった時とてもやつれていた白い長髪の彼女は、並みの魔族では太刀打ちできない魔物がいるとされる、魔森の深部まで入っていた。僕は要塞の食糧事情を改善する為に魔森の深部まで行っては食糧を採ってきている。魔森深部にはフェンリルと呼ばれる魔物がいたり、クリスタルドラゴンと呼ばれる魔物がいたりする。
僕は、そんなモンスターを日々狩っており、彼女とは半分ずつに分けている。
いや、自分が狩ったのだから自分の物と言えばその通りなのだが、フェンリル一体二十メートルはある体躯をしているので、分け与えても十分食料は足りるのだ。ポチともその魔森深部で出会った。
なぜみんな、魔森深部で狩りをしないのかが不思議だった。
「おい、坊主が帰ったぞ」
「おい坊主、今日の飯はフェンリルか」
「そうだよ。晩御飯を楽しみにしといてね」
「おっしゃー、今からやる気だすぜー」
魔森には並みの兵士はいけないらしい。僕も初めて食料を狩ってきた時は勝手なことはするなと怒られた。ビスタに頭を拳で殴られたのだが痛くも痒くもなかった。子どもだからと加減してくれたのだろう。
しかし、僕のお腹が空く度に狩りをしてくるものだから、呆れられて最終的には門限だけを決められ、狩りに出ることが許された。
「おい、坊主。まさか今日の獲物はあの馬鹿でかいフェンリルか」
「はい、要塞の皆で食べるには丁度いい大きさでしたので」
「今日も魔族の村の住人に食糧を分けて来たんだな」
「はい、お腹を空かせているのを見ると放っておけませんので」
僕の肩をポンッと叩くビスタ。
「まあ、お前さんが無事で良かった。それにしても、お前さんの強さは化け物じみてるな」
「そうでしょうか?」
「ああ、そうだとも。過去に魔王が、村を襲うフェンリルを魔森へと撤退させて来たっていうおとぎ話があるが、お前さんは狩ってくるからな。まあ、これで飢えずにすむってもんよ」
※※※
吹雪のなか、白い長髪の少女が要塞までやって来る。
要塞の兵士は警戒するが、まだ少女だ。
「待って、ビアンカだ」
楽しそうにからかい半分で、くつくつと笑うビスタ。ビスタは僕に向けて小指だけ立てる。
「お前さんのコレか」
「違いますって。いつも魔森の深部で狩りを一緒にしてる女の子です」
要塞の跳ね橋を下ろし、ビアンカを中に入れてくれた。ビアンカは耳が良い。
「……いつも一緒に狩りをしているわけじゃない。……いつもアルコバレーノが分けてくれるの」
ヒューっと周りから口笛が聞こえてくる。
僕はからかわれてるのを無視して、ビアンカに声をかける。
「今日はどうしたの? ビアンカ」
「お礼……」
「いつものお礼をしに来た……」
「コレ……」
「これは何?」
赤い液体が入った、透明な手のひらサイズの瓶を、僕に渡してくるビアンカ。
「これは、万能薬」
「はえ~、そいつはエリクサーじゃねえか」
エリクサーていうと、病気や大怪我を全回復させる薬じゃないか。
「こんなの、貰えないよ」
「……ん、助け合い」
「え?」
「あなたに出来ることはあなたがして、私に出来ることは私がする」
「だから助け合いってこと?」
「……ん」
僕はそれを受け取ると、頭を深く下げてお礼を言った。
「ありがとう。なら、ビスタ司令官に丁度いい」
「ビスタ司令官、ビスタ司令官の娘さんにエリクサーを使いませんか?」
「おい、いいのか? 魔核を取り出せれば、お前さんは普通の人間に戻れるかもしれねえんだぞ」
目を見開く僕。
「ああ、そうか。忘れてました。う~ん、確かにそうですが、娘さんに与えてあげてください。僕はこのままで十分ですので」
「おい、お前さんが家に帰れるかもしれねえんだぞ」
僕は、ビアンカに尋ねた。
「もうエリクサーは作れないのかな?」
「…ん、また作れる。魔森の強い魔物たちの魔核があればいい」
「じゃあ、僕は後でいいです」
口をポカーンと空けたビスタが僕に詰め寄る。
「おめえら、一体何なんだよ…」
「「人間」」
振り返ってビアンカを見つめる僕。
「魔族って人間、なの?」
見つめられたビアンカが顔を赤くしながら答えた。
「……そう。北の厳しい大地で生き延びられるように、生まれてすぐに小さな魔核を埋め込まれる。違いは魔核を持ってるか持ってないかの違いだけ」
ビスタが尋ねた。
「じゃあ、魔族から生まれてくる子どもたちの目が赤くなるのはどうしてなんだ」
「……順応しきった魔族の身体が、魔力を子どもたちに分け与えるから。孫世代には受け継いだり、受け継がなかったり、人による」
アルコバレーノが尋ねた。
「それじゃあ、魔核を持たない魔族もいるってこと?」
「……それはない。魔王領で生まれた赤ちゃんには、必ず魔核を埋め込む習わしになっている。そうじゃなければ、五歳まで生き延びられる魔族は半減してしまう」
「そうか。じゃあ、家の娘は…」
「……魔力の乏しい身体に魔核を入れてないから。魔核を入れるという手段もあるけれど、人間として生活させたいのなら、エリクサーを飲ませて対応するのが普通」
「……ただし、魔王領で生きていくつもりなら、魔族のしきたりに従うのが正しい。そうでなければ、生きていけない」
「嬢ちゃんありがとよ」
「……ん」
「……アルコバレーノは、エリクサー要らない?」
「エリクサーはまだしばらく要らないよ。十五歳になって王都に帰る時に貰う」
「……アルコバレーノは、帰っちゃうの?」
「ああ、十五歳になったらね。約束だから」
「……そう」
※※※
ビスタが要塞の中の部屋へと入って行った。意識の朦朧とした娘がベッドに横になっている。その傍らには、椅子に座る妻がいた。
「あら、あなた。仕事はどうしたの?」
「マードレ、お前はクオーレを人間にしたいか? それとも魔族にしたいか?」
「私は人間にしたいわ。要塞の厳しい生活よりも、帝都の豊かな土地で暮らしたいもの」
「なら決まりだ。エリクサーをこの子に飲ませる」
「エリクサー。そんなの眉唾なのではないの?」
「なに、他に手段は無いんだ。ダメだったら魔核でも埋め込むさ」
ベッドに横になるクオーレを起こし、マードレに支えておいてもらう。
「さあ、クオーレ。薬だぞ」
クオーレは干からびた唇を潤しつつ、エリクサーを飲む。
淡い光を放つクオーレ。クオーレはハッキリと意識を取り戻した。
「お母さん…お父さん…どうして…私…」
号泣するビスタ。妻と娘を抱きしめる。それが伝播し、妻と娘も嗚咽をもらす。
※※※
アルコバレーノとビアンカが、テーブルを挟んでお茶を飲みつつ話していた。
「ねえ、ビアンカ。魔核からエリクサーが作れるのは意外だったよ」
「……魔核と言っても、魔森深層の魔物の物と、世界樹の葉が必要」
「世界樹が魔王領にあるの?」
「……あるわ。魔王様はエルフだもの」
ぶーッと僕はお茶を吐き出す。ビアンカはサッと避ける。
「それは、秘密にしておかないとね。エルフが迫害されそう」
「……口の堅いアルコバレーノだから話した」
「でも、魔核を飲んでも魔族化しないんだね」
「……しないわ。本来の魔核は埋め込まないと効果がないから。遺伝も一代限り」
「お互い秘密にしてようね」
こくりと頷くビアンカだった。
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