12 裕美と喜美子
同じ頃、喜美子は玄関前の廊下に立ち、携帯電話で父の携帯電話に電話をかけていた。
「お父さん、あたし、喜美子。今、どこ?」
『家だ。おまえこそ、どこにいるんだ?』
「ごめん、今、友達の家にいるの。智也も一緒。今日、泊まるから」
『泊まるって学校は?』
「友達の家から行く」
『二人も泊まって、相手様に迷惑かけないか?』
「大丈夫」
『それならいいが、最近、ちょっと外泊が多くないか』
「いろいろつきあいがあるのよ。あっ、電話代もったいないから、切るね。じゃあ、おやすみ」
喜美子は電話を切った。
「ふうっ」
喜美子はため息をついた。
「嘘をつくのも大変ね」
コーヒーカップを手に持った裕美がキッチンから現れた。
「智也は?」
「博士とさっき、出かけたわ」
「八十神博士と?どこへ?」
「さあ」
「気にならないの?」
「別に」
裕美はカップの飲み物を飲んだ。
「それ、コーヒー?」
喜美子は裕美のカップを指差した。
「ううん、薬よ」
「どこか悪いの?」
「そうじゃないわ。まあ、栄養剤みたいなもの」
「ねえねえ、あたしにも飲ませて」
「普通の人間には濃度が濃すぎて、飲ませられないわ」
裕美はカップの液体を全て飲み干した。「コーヒーでも入れる?」
「あっ、できれば」
裕美はキッチンへ戻っていった。
喜美子も後に続く。
裕美がコーヒーを入れる準備をしている間、喜美子は近くの椅子に座って待っていた。
「あのさ」
「何?」
「ごめんね、さっき、智也がひどいこと言っちゃって」
「なぜあなたが謝るの?」
「そう言われると困るけど、一応あいつの姉貴だから」
「事実だから、気にしてないわ」
「智也ね、あなたのことが好きなのよ。あいつ、初めてなんだよ。自分から人を好きって言ったの」
「私にどうしろと?」
裕美は食器棚からコーヒーカップを一つ手に取った。
「智也のこと、嫌い?」
「嫌い」
「は、はっきり言うのね」
喜美子の表情が少しこわばった。
「怒った?」
「そんなことないけど」
「私はね、博士が好き」
裕美はカップにインスタントコーヒーを入れ、そこにケトルの湯を注いだ。
「彼はあなたをサイボーグにしたんでしょ。自分の生を弄ばれたことに何の怒りも覚えないの?」
「サイボーグになる前の私は知らないから、怒りは覚えないわ。私は博士と暮らしていければそれでいいの」
「じゃあ、もし八十神博士があなたを捨てたら、どうするの?」
「そうしたら、自爆するわ」
「え?」
喜美子はびっくりした。
「私にも生命の状態が危険になると、秘密保持のために自爆装置が働く仕掛けがついているわ」
「そんな。何で八十神博士はあなたに爆弾なんか……」
「それでいいのよ。私が死んだら、誰かに私はきっと分解され、研究材料にされるわ。そうならないための自爆装置なの」
「そんなのあんまりだわ」
「私は博士に必要とされなくなったら、海に沈んで死のうと思ってるの。一人で普通に生活してて、万一私の機能が停止して自爆したら、まわりに迷惑かけるでしょ」
「裕美……」
喜美子の目が涙で潤んだ。「何で死ぬなんてこと簡単に言えるの?あなたの存在はもうあなたと八十神博士だけのものじゃないのよ。智也だってあたしだってあなたが死ぬのは嫌なんだから。あなたはあたしたちにとって大事な友達なのよ」
「私にとってはただの人よ。他の人たちよりはちょっぴりいい人たちだと思うけど」
裕美はそう言うと、微笑んだ。




