1 研究棟
第二章 サイボーグ少女 あらすじ
焼却場での事件から六日後。
朝の駅のホームで喜美子は組織のサイボーグに脅され、刑事である喜美子の父親が手配した香奈子の転院先の病院の場所を話してしまう。
その直後に喜美子は電車が来たホームから線路に突き落とされるが、駆けつけた裕美に救われる。
喜美子から事情を聞いた裕美はすぐに香奈子の入院する山岡中央病院へ向かうが、病室では組織のサイボーグによって香奈子は連れ去られようとしていた。裕美は八十神忠士との人質交換を申し入れ、取引の約束をする。
深夜、横浜海浜公園での取引で、裕美はサイボーグ四人を撃退し、香奈子を救出。アジトで香奈子と八十神は七年ぶりの再会を果たす。そこで八十神は、一年前、自分のせいで犠牲となり、サイボーグ手術を行って、蘇らせた裕美を香奈子に紹介する。
八十神はホテルで八十神の叔父で警察庁長官である秦野弘幸と会う。秦野は一年前、八十神から組織から脱出する際、極秘に相沢刑事を遣わした人物であった。
八十神は秦野にこれまでの経緯を話した。七年前、自分を誘拐した人物は黒須和馬という男。黒須は一八年前、世論を敵に回してクローン人間を生み出し、学会から追放された科学者である。彼は自殺を装って、姿を消し、海外に渡って、自身の技術による臓器売買で資金を得て、犯罪組織を結成。政府を転覆させるためにクローン・サイボーグ兵士の大量生産を行い、同時に新しいサイボーグ製造のために桜華学園を人体実験の場にしている。そして、八十神自身も機械医学の科学者としてサイボーグ開発を手伝わされていたというのだ。
秦野には、にわかに受け入れがたい話であったが、八十神は秦野に香奈子を預ける約束をし、その場を去る。
翌日、喜美子は図書館で訪ねてきた裕美と再会し、香奈子に謝罪するためにもう一度会わせてくれるよう頼み込む。喜美子の熱意に裕美は渋々承諾する。
その夜、秦野のいるホテルに裕美をボディガードに香奈子を連れていった八十神は、そこで銃を持った組織の殺し屋の襲撃を受ける。裕美の活躍で危機を防いだものの、秦野に対し不信感を抱いた八十神は香奈子を連れ帰る。
三日後、八十神のアジトで香奈子は裕美が連れてきた喜美子と智也と再会。喜美子が香奈子に謝罪し、二人が和解するのもつかの間、突然、智也が裕美を銃で撃ち、喜美子たちにも銃口を向ける。
その後、アジトに戻った八十神に起こされ、目覚めた裕美は、八十神から香奈子と喜美子が八十神との人質交換のために組織に誘拐されたことを知る。
黒牙渓谷の山荘では、喜美子と香奈子が監禁されていた。そこに組織の科学者、高宮あゆみと組織に操られた智也が現れる。操られた智也にキスまでされ、絶望的になる喜美子であったが、香奈子は喜美子を励まし、脱出のチャンスを待つ。
弘田香奈子の死から三日後。
その夜は嵐であった。
桜華高校の研究棟――六階建のその建物は築三〇年にもなる鉄筋校舎でその外壁にはあちこちひび割れができていた。桜華高校の開校前から建っていたもので、当初は化学・物理等の実験・研究施設として使用される予定であったが、建物の老朽化が激しいため、現在は立入禁止となっている。
大粒の雨は壁を崩さんばかりに激しく研究棟に吹き付け、全ての窓がぎしぎしと音を立てる。
研究棟の入口に立てられていた立入禁止の看板は、風で倒れ、雨水の流れる地面に沈んでいた。
そんな死に体のような研究棟にもわずかに生命の輝きがあった。
六階部分の窓にただ一つ明かりが灯っている。オレンジ色のぼんやりとした光だ。
今、一人の男が、研究棟を前に明かりの灯る窓を見上げていた。男はトレンチコートに紳士帽という出立。男は、しばらくゴミが散らばり、怒涛のごとく降りつける豪雨で川と化した路上に足を沈めていた。
男は反対に折れ曲がった傘をその場に捨て、豪雨を全身に浴びながら、ビルの中へ入っていった。
男はコートから滴り落ちる水跡を階段に残しながら、重い足取りで六階までの階段を上る。そして、迷わずある一室のドアを開けた。
「待っていたよ」
男が無造作にドアを開けると室内には木椅子にもたれている男がいた。その男はまるでコートの男を待ちかまえていたような台詞を吐いた。
室内にいた男――黒須和馬の部屋は実に気味の悪い部屋だった。おそらく、この部屋の明りが彼の机のみを照らす程度の薄暗い明りでなかったら、誰もが卒倒してしまうのではなかろうか。
なぜなら、この部屋の――彼の机のあたりを除く――全てが虫の住処となっているからだ。まわりの暗闇の奥底からは蜥蜴、蜘蛛、蠍、蜈蚣といったあらゆる妖虫がかさかさと戯れる音が聞こえている。
「どうだい、すばらしいだろう。この部屋には千五百種類のかわいい子供たちがいるんだぜ。その中には君が一生かかってもお目にかかれない虫もいる。全て僕がクローン技術によって生み出したものだ。おや、いつまで立っているんだ。せっかく来たんだ、そこに座って夜を語り尽くそうじゃないか」
黒須は上機嫌に言った。
男はぴたぴたと水の垂れるコートを着たまま、ゆっくりと黒須の勧めた椅子に座る。
「一杯、どうかね」
黒須はコップとウイスキーの瓶を差しだした。男は横に首を振った。
「残念だな、祝いの杯を受け取ってもらえんとは。まあいい、この酒はペスターニャに飲んでもらうとしよう」
黒須はウイスキーをコップに注いだ。そして、何やら髪の上に乗ったものを机に乗せた。それは黄色い斑模様の大きな蜥蜴だった。彼はその蜥蜴の前にコップを差しだす。蜥蜴は、細長い舌を伸ばして、嘗め始めた。
「ペスターニャは僕の頭を寝床にしてるんだ。実にかわいい奴だよ」
黒須は笑った。男はその光景に目を背けた。
「蜥蜴は嫌いかね。しかし、それは君の偏見だと思うよ。一度、心を無にして蜥蜴とつきあってみたまえ。人間なんかとつきあうよりもずっと楽しいから」
男は黒須の話などに上の空で、そわそわとして落ち着きがなかった。だいぶ、酔いが回っておしゃべりになっていた黒須はさらにしゃべり続けた。
「それにしても外はひどい嵐だね。さすがの僕も酒を飲んでないと平静ではいられないよ」
彼は薄気味悪い声で笑った。
「私は君との関係を切るぞ」
男はようやく重い口を開いた。
「ほぉ、僕を裏切って、八十神につくのか、秦野君」
黒須の目つきが鋭くなった。
「君は私を殺そうとした」
秦野が黒須を見た。
「ホテルでの襲撃のことを言っているのか。あの男には君を殺さないようちゃんとプログラムしておいた」
「そういうことを言ってるんじゃない。なぜ私に事前に知らせなかった?計画では私と別れた後、襲うはずだぞ」
「敵を欺くにはまず味方からということだよ。八十神は用心深い男だ。君が不自然な態度をとっていたら、八十神に感づかれてしまうからね」
「いずれにしても、裏切ったのは君の方だ。君との関係もここまでだ」
「困ったねえ、秦野君。仮にも僕は君の娘の命の恩人だよ。僕が作り出したクローン人間から摘出した腎臓のおかげで、君の娘は病院通いもせず元気に暮らしていられるんだ。それを忘れないでもらいたいね」
「その礼は十分したつもりだ。君の犯罪にも目をつむってきたし、銃器の横流しもした。さらに甥の忠士を二度も裏切ってしまった。もうこれ以上はできん」
「ふっ、まあいいでしょう。それでこれからどうなさるつもりなんです?」
「警察に自首をする。これで君も終わりだ」
「さあ、どうですかね。君は僕と対等のつもりでいるようだけど、いずれその違いにはっきりと気づく日が来ると思うよ、遅かれ早かれね」
黒須はニヤッと笑った。




