12 洗脳装置
その夜、八十神は裕美と香奈子を連れて、昨日秦野と会談したホテルを訪ねた。
部屋には秦野が先に待っていた。
「誰にもつけられませんでしたか?」
「ああ」
「紹介します。彼女が弘田香奈子、その隣にいるのが日高裕美です」
「弘田香奈子です」
香奈子が挨拶した。
「どうも、警察庁長官の秦野です」
「彼女は病気なので、病院を手配してもらえませんか?」
八十神が言った。
「病気?」
「肺癌です」
「わかった。何とかしよう」
「それから、これを」
八十神は秦野に携帯電話を渡した。
「携帯電話か」
「今後はこの携帯に連絡します。お互いこれ以上、会うのは危険ですので」
秦野は携帯電話を操作して、携帯電話に登録されたアドレス登録者リストを見た。しかし、リストには誰も登録されていない。
「こちらからは連絡できないと言うことか」
「申し訳ありませんが」
「しかし、本当に君一人で大丈夫なのか。君さえよければ、信頼できる人間をボディーガードによこすが」
「僕は一人じゃありません。この子がいますから」
八十神は自分の横に立っている裕美を見て、言った。
「彼女が?」
秦野は裕美を見た。
「僕のボディーガードです」
「ボディーガードってまだ高校生のようだが」
「私が信頼できるのは彼女だけです」
八十神の言葉に裕美は照れたように少しうつむいた。
その時、入口のドアをノックする音がした。
「ルームサービスかな」
「呼んだのですか?」
「あ、ああ」
「裕美、応対に出てくれ」
「はい」
裕美はドアの前に行った。
そして、ドアのノブをつかみ、ゆっくりと回す。
次の瞬間、激しい銃声と共にドアが震えた。ピストンのごとくドアには無数の穴があき、裕美の体に弾丸が容赦なく命中する。さらに弾丸は部屋の花瓶、窓、装飾品といったものは次々と打ち砕いていった。
銃声のこだまする室内で、秦野と香奈子は耳を両手で押さえ、金縛りにあったようにその場から動けなかった。
やがて、白い硝煙を部屋中に漂わせ、ドアが蜂の巣と化した。
裕美は後ろへ倒れた。
「裕美さん!」
香奈子は悲壮な声を上げた。
ドアが静かに開く。黒い覆面をかぶり、黒いライダースーツを着た男がマシンガンを片手に入って来る。男は部屋の奥で呆然と立ちつくしている香奈子と秦野、八十神の姿を認めると、
「八十神はいるか」
と言った。
「何てひどいことするの?」
香奈子は唇を震わせて、言った。
「最近のルームサービスは部屋を荒らすのが仕事になったのか」
八十神は男に言った。
「どっちが八十神だ」
八十神と秦野を見比べて、言った。
「僕だ」
八十神が前に出た。
男がマシンガンを八十神に向け、引金を引こうとした。
その時だった。男の右足首を誰かがつかんだ。
「!」
男が足下を見ると、倒れていた裕美が手を伸ばして男の足首をつかんでいた。
「うわっ」
裕美が男の足首をつかんだまま、立ち上がった。男はそのひょうしに床に倒れる。
「くっ!」
男がマシンガンの銃口を裕美に向けた。
だが、裕美は臆することなく右手一本で男を投げ縄のように回し始めた。
「長官、伏せて」
八十神は呆然と立ちつくす秦野の頭を下げさせた。
裕美は数秒間、男を回した後、壁に向かって手を離した。
男はそのまま飛ばされ、頭から壁に激突し、めり込んだ。
さらに裕美は男に迫っていく。
「裕美、やめろ!」
八十神の言葉で裕美は足を止めた。
裕美の服は弾丸の命中でぼろぼろになっていた。しかし、血は全く出ていない。
「新しい服を買わなくちゃいけないな。僕のコートを着ておけ」
八十神は裕美にロングコートをかけてやった。
「……」
裕美は八十神をじっと見つめる。
「この子は一体……」
「長官、ここの場所を誰かに教えましたか?」
「いいや」
「僕に会うことは?」
「言っていない。そのためにわざわざ秘書をまいて一人で来たんだ」
「そうですか……。密告者がいるのか、長官をマークしていた人間がいたのか、いずれにしてもやはりこうして会うのは危険ですね。長官に申し訳ありませんが、僕は香奈子を連れて帰ります」
「彼女は病気なんだろう」
「このまま、二度と会えなくなるのはごめんですからね」
「……」
秦野には返す言葉がなかった。
「それにしても」
八十神は壁に頭をめり込ませている殺し屋を、両足を持って引き抜いた。
八十神は殺し屋の覆面を取った。既に殺し屋の息はない。
「若いな。年は十八から二十ぐらいだろう」
「組織の一員か?」
「わかりません。ただ若いわりに銃の扱いは手慣れているし、射撃も冷静だった」
八十神は殺し屋の遺体に触れた。「ん?これは」
八十神は殺し屋の後頭部を、髪の毛をかきわけ、探っていた。
「どうした?」
「何てことだ」
八十神は殺し屋の後頭部から何かを引き抜いた。
「何を見つけたんだ?」
「マルスです」
「マルス?」
「こいつですよ」
八十神は秦野にコンピューターのCPUサイズの基板を見せた。「僕が組織にいた時に作った人間洗脳装置です」
「人間洗脳装置?」
「このチップを相手の後頭部に装着すると、相手の脳に洗脳プロラグラムが流し込まれ、以後、相手を自由に操ることができるようになります」
「恐ろしいものだな」
「ええ。ただし、重大な欠陥があるので、開発は中断していました」
「欠陥とは?」
「このチップを組み込まれた人間は人間性を一切失います。食欲、性欲、物欲、睡眠欲が全く生じません。痛みも感じません。そして、人間の記憶を全て失い、チップのデータが相手の記憶となります」
「まるでロボット人間だな」
「ええ。しかし、所詮はロボットではなく人間です。食事もせず、眠りもしないため、兵隊として使えるのはせいぜい三日でしょう」
「なぜそんな欠陥のある装置を組織は使ってきたんだろうか?」
「サイボーグを失いたくなかったからでしょう。僕には裕美がいますから」
「この男はどうする?」
「彼の身元を調べてもらえますか。それから、この男は長官を狙ったことにしておいて下さい。装置のことも内密に」
「わかった。しかし、君はサイボーグといい、この装置といい、組織でとんでもないものを開発していたんだな」
「組織の中で最も罪に問われるべきは僕かもしれませんね。だからこそ、自分の手で組織を潰すんです。僕のために死んでいった人たちのためにもね」




