13 対決アンバー・アイ
午後九時。
裕美は桜華高校の正門前に立っていた。
「ウッス」
道を歩いてきた智也が裕美を見つけて、声をかけた。
「ごめんね、ついて来ちゃったの」
智也の隣にいた喜美子が言った。
「別にいいわ」
裕美は特に表情も変えずに言った。
「喜美子から聞いたんだけど、転校生じゃないんだって?」
「ええ。疑り深い彼女のおかげですぐにばれてしまったわ」
「こいつはそういうところ、鋭いんだ」
「うるさい」
喜美子は智也の腹に肘鉄を喰らわせた。「それで何をするの?」
「張り込み」
「張り込み?どこの」
喜美子が甲高い声で言った。
「しっ!声が大きいわ。警備員の人が来るでしょ」
「学園内なの?」
喜美子が声をひそめて、言った。
「ええ」
「張り込んでどうするの?」
「誘拐犯人を捕まえるわ」
「犯人が中にいるの?」
「質問が多いわ。黙って手伝うのか手伝わないのか、すぐ決めて」
「校則違反よ。学園に忍び込むなんて」
「じゃ、おまえは手伝わないな。裕美、俺は手伝うぜ。さあ、行こう」
「ま、待って」
「帰れよ」
「呼ばれたのはあたしだよ。手伝うに決まってるじゃない。だから、ここへ来たんだから」
喜美子が慌てた様子で言った。
「喜美子は仲間外れにされるのが嫌いなんだ。かわいいとこあるだろ」
智也が裕美に耳打ちした。
「ええ」
裕美が微笑む。
「何、こそこそ話してんの」
喜美子がムッとする。
「時間がないわ。中に入りましょう」
裕美は門を少し開けて、中へ入っていく。
「鍵は?」
「壊れてたわ」
「あ、そう」
裕美に続いて、喜美子たちが中に入った。
裕美たちはクラブ棟裏の焼却場へ行った。
「ここに何かあるの?」
「行けば、わかるわ」
裕美は焼却炉に近づいて、その前に立つと、その重い扉を軽く開けた。
裕美のそばにいた喜美子が中を覗き込む。しかし、暗くて何も見えない。
裕美はポケットから懐中電灯を取り出すと、焼却炉の中を照らしながら、手で中をあさる。
「見て」
裕美が照らした場所にはすすにまみれた青色の寝袋があった。
「寝袋みたいだけど」
「中身はこれよ」
裕美が寝袋のチャックを少し下ろした。
「ひっ」
喜美子と智也が息を飲んだ。
チャックの隙間から若い女の顔が現れたのである。
「誰かわかる?」
「し、知るわけないでしょ。これって人間の死体?」
喜美子はろれつの回らない口調で言った。かなり動揺している。
「ここの生徒みたいよ」
チャックの隙間からかすかに見えている桜華高校の制服を見て、言った。
「警察に報せなきゃ」
「報せるのは後。犯人は今夜中に死体を回収に来るわ」
「どうしてわかるの?」
「明日になれば、第三者に死体を発見される恐れがあるわ」
「焼却炉に現れた犯人を捕まえるのか?」
「そういうこと」
「危険だわ、そんなの。相手は殺人犯なのよ」
「捕まえるのは私に任せて。それにしても――」
裕美は考え込んだ。
「どうしたの?」
「そこのゴミ置場にあんなにゴミ袋が積み上げられているのに、ここの焼却炉はいっぱいだわ」
「だから?」
「一つじゃないかもしれない」
「えー、うそぉ」
喜美子は不安な顔をする。
「まあ、いいわ。そこのゴミの山に隠れて、犯人を待ちましょう」
「あたし、帰っていい?」
「いいけど、帰る途中で犯人に殺されないでね」
裕美は真顔で言った。
裕美たち三人はゴミ袋の山の裏に隠れた。
「いつ来るのかしら」
喜美子は智也の腕にしがみつきながら、言った。
「今、気づいたんだけどさ」
智也が裕美を見て、言った。
「何?」
「眼鏡、かけてないな」
「あれはだて眼鏡よ」
「眼鏡なんかかけない方がずっとかわいいぜ」
「あなたにはわからないのよ」
「わからないって、何が?」
「それより、智也君、これを」
裕美は智也にカメラを渡した。「暗視カメラよ。ボタンを押し続ければ連続シャッターが切れるから、私が合図したら、お願い」
「わかった」
かくして、裕美たちの張り込みが始まった。
最初の一時間は緊張感があったものの、その後は退屈な時間となり、喜美子は横になって眠ってしまっていた。
「もうすぐ一時ね」
裕美が腕時計を見て、言った。
「食べるか?」
カレーパンを食べていた智也が裕美にもう一つのパンを勧めた。
「……」
裕美は一度受け取ろうとしたが、すぐに手を引っ込めた。
「ううん、お腹はすいてないから」
「何か話しない?」
「いいけど」
「日高裕美って言うのは偽名なのか?」
「本当の名前よ」
「じゃあ、年は?」
「十八」
「何だ、一つ上か」
「……」
「転校生じゃないとすると、普段は別の学校へ通ってるのか?」
「学校へは行ってないわ」
「そうか。事件を調べてるってことは探偵か何か?ドラマじゃあるまいし、まさか刑事ってことはないよな」
「どちらでもないわ。事件を調べてるのは自分のため」
「失踪した生徒の中に裕美の知り合いが?」
「いないわ」
「裕美の話からじゃ、おまえが何者なのかさっぱりわからないぜ」
「知らなくていいわ。今後、つきあうこともないから」
「はっきり言うなぁ。これでも、俺は裕美に興味があんだけどな」
「私にはないわ」
「あっ、そう。何か昨日と比べると、冷たい態度だな」
「そうね、自分のことを知ろうとする人間には警戒するからかもしれない」
それから、三十分後。
「誰か来るわ」
裕美は小声で言った。
「喜美子を起こすか?」
「いいわ。智也君、カメラをお願い」
「本当に一人で捕まえる気か?俺が行くよ」
「私の言う通りにして。お願いだから」
「ああ」
焼却炉に二つの人影が現れた。
一人は焼却炉の前に立ち、重い扉を開けると、中にあった死体を引っ張り出していた。
もう一人は見張り役なのか、焼却炉から少し離れたところに立ち、周囲を見回している。
「私が合図したら、シャッターを切って」
裕美はそう言うと、ゴミ袋の山から飛び出した。
「そこまでよ」
裕美は二つの影に向かって叫んだ。同時にさっと手を挙げる。
智也がカメラのシャッターを切った。
二つの影が裕美を見た。
「な、なんだ」
その瞬間、智也は愕然とした。
二人の賊の両目が光っていたのである。
一人は水色、もう一人は琥珀色であった。
「焼却炉で死んでいる人間を殺したのはあなたたちね」
裕美は平然とした口調で言った。
賊は黒いジャケットを着た少女たちであった。二人ともまだ高校生ぐらい。しかし、表情は子供のかけらもなく、死人のように無表情で、その瞳は冷たい。
「おまえたち、何者だ」
智也が少しうわずった声で尋ねた。
「私の名はアンバー・アイ」
琥珀色を目を持つ少女が答えた。
「私はアクア・アイ」
続いて水色の目を持つ少女が答えた。「おまえたちには死んでもらう」
アクア・アイが裕美に襲いかかった。
「危ないっ!」
智也が思わず立ち上がって叫んだ。
だが、裕美はアクア・アイの拳を寸前でかわすと、逆に腕を取って、彼女を地面に投げ飛ばした。
その間にもアンバー・アイが智也に襲いかかっていた。
「智也君!」
裕美は智也の助けに向かおうとするが、アクア・アイが裕美の足をつかんで、転ばせた。
「おまえの相手は私だ」
「くっ」
裕美はアクア・アイを睨み付けた。
アンバー・アイが智也に殴りかかる。智也はとっさのことでカメラを持ったまま、動けない。
「智也っ」
その時、喜美子が智也の手を引っ張り、智也をかがませた。
アンバー・アイの攻撃が空振りとなる。
「喜美子、カメラを持って逃げろ。俺が何とかする」
智也は喜美子にカメラを預けた。
「無理よ」
「いいから」
智也は喜美子の背中を押した。喜美子はためらいながらも、その場から駆け出す。
アンバー・アイが喜美子の後を追いかけようとするが、智也がそこへ立ちはだかった。
「先へは行かせないぜ」
智也はアンバー・アイを殴った。
だが、アンバー・アイは表情すら変えず、平然としている。
「くそっ!」
智也はアンバー・アイを何度も殴ったが、全く動じる様子がない。
「何て奴だ」
智也は逆に真っ赤になった拳を押さえた。
「死ねっ」
アンバー・アイは智也に向かって鋭い拳を放った。
「ひっ」
智也は顔を引きつらせる。
アンバー・アイの拳が智也の顔の直前で止まっていた。
「おまえは……」
アンバー・アイの腕をつかんでいたのは裕美だった。
「アクア・アイは――」
アンバー・アイが焼却炉の方を見ると、そこには倒れているアクア・アイの姿があった。
「くっ」
アンバー・アイは裕美の腕を振り払って、逃げた。
「追うわ、智也君」
「ああ」
裕美と智也はアンバー・アイの後を追った。
アンバー・アイがクラブ棟の角を曲がる。
続いて裕美たちが曲がった。
その時、裕美たちが誰かと衝突した。
双方とも後ろへ吹っ飛んだ。
「いたたっ、誰だっ!」
尻餅をついた男が大きな声で言った。
「げっ、上原……」
智也が男の顔を見て、言った。男は智也の担任の上原であった。
「おまえは久坂弟。こんなところで何やってるんだ」
「先生こそなんだよ」
「俺は宿直だ」
「今、ここに女が走ってきただろ」
「女?知るか。それより、何でここにいるんだ」
「説教はいい。大変だ、焼却炉に死体があるんだよ」
「何をバカな。どうせつくなら、もっとましな嘘をつくんだな」
「だったら、ついてこいよ。証人だっているんだ。な、裕美。あっ、あれ」
いつのまにか裕美の姿はなくなっていた。
「どうした?」
「何でもねえ。さっさとついてこい」
智也はそう言って焼却炉へ歩きかけた時だった。
焼却炉の方で大爆発が起こり、闇夜に白い噴煙が上がった。




