10 余命宣告
同じ頃、久坂の家では、智也の父、久坂が出張から戻り、智也から居間で事件の説明を受けていた。
「どうして、すぐ警察に通報しないんだ。これは大変な事件だぞ」
久坂が怒った様子で言った。「すぐに手配しなきゃ」
久坂は背広の内ポケットから携帯電話を取り出した。
「親父、駄目だって」
智也が慌てて止めた。
「邪魔をするな」
「弘田さんは警察に通報してほしくないんだよ」
「久坂さん、お願いします」
香奈子も頼んだ。
「俺は刑事だぞ」
「知ってるよ。けど、俺の親父だろ。ただの刑事にならこんなこと、絶対に話さねえよ」
「……ったく」
久坂は携帯電話を背広の内ポケットに戻した。
「さすが親父、話がわかるぜ」
「それでどうするつもりなんだ」
「それがわかれば、親父に話す前に何とかしてるよ」
「全く、問題ばっかりしょいこんで、親不孝な息子だ。弘田さん、あなたはどうなさりたいんですか」
「私は病院に戻ります」
「弘田さん、そんなことしたら、また奴らに狙われるぜ」
「でも、これ以上はみなさんに迷惑かけられません。どうせ誘拐されたところで私は後数ヶ月の命ですから」
「え!」
久坂と智也は驚いた様子で香奈子を見た。
「癌なんです。医者からはもう宣告されています」
香奈子は淡々とした口調で言った。
「そんな……」
「たとえ数ヶ月の余命でも、誘拐されるのはあなたの本意ではないでしょう。なぜ警察に通報するのを拒否されるんですか?」
「マスコミに私の名前を出したくないんです」
「どういうことですか?」
「私を誘拐しようとしてる人間が誰なのかは私にもわかりません。でも、その目的はある人を捕まえるために私を人質にしようとしているんです」
「ある人とは?」
「それは言えません。とにかく、事件が公になれば、ある人が私のことを心配して、私の前に現れるかもしれません。そうなったら、ある人を危険にさらすことになります」
「あなたがその方の名前をおっしゃってくれれば、警察が保護しますよ」
「久坂さんのご厚意は感謝しますけど……ごめんなさい」
「わかりました。あなたのことは私が何とかしよう」
「どうするんだよ」
智也が聞いた。
「私の知り合いの病院にあなたを転院させよう。あなたが今、入院している病院には私から連絡しておく」
「さすが、親父」
「病院はどこですか?」
「城東大学病院です。でも、本当にそんなことしていただいていいんでしょうか」
「仕方ないでしょう。子供の不始末は親がつけなければなりませんからね」




