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95.

 その場に静けさが戻ってきて、やがて各々様子を伺うように顔を見合わせる。

 なにせこれまで万物から隔絶された環境に置かれていた彼らは、ほとんど記憶のない昔の知り合い程度のかかわりしかないのである。


「……(わたくし)たちもばらけますか?」


 今の今まで黙っていた少女が、俯きがちだった紅玉の瞳を持ち上げて全員を見渡した。隣にはレイナードがぴたりと寄り添っている。


「……あのひとはエヴレナさん。第四塔の方で、レイナードさんの妹さん」

「なるほどね、ありがと」


 アマニが耳打ちで少女のことを教えてくれた。第四塔ということは、治癒に関係する神権なのだろう。

 エヴレナの言葉に頷いたのはユーフォニアだった。


「スルトとアクイラのお兄様が向かった方向はいいとして、それ以外にばらけるのが吉かしら」

「あ、たぶんルディヴィーさんとヴァルさんはあの人たちの地元のほうにいます」


 彼らが先導して話を進めているのをぼーっとしながら聞いていたアクイラは、ふと重要なことを思い出して口を挟んだ。ルディヴィーに少し違和感があったが、ヴァルグルと二人でいるのならそこに人員を割かなくともいいだろう。

 ユーフォニアがそれに藤色の瞳を瞬かせ、里帰りね、と呟いた。

 その様子を静かに見ていたヘルが、ずいと一歩踏み出す。


「それなら、残りの場所を俺たちで割り振ろうか。一人では不安な者はいる?」


 ヘルの問いかけに名乗りをあげる者はおらず、皆一様に首を横に振っていた。もとよりこの虚構が広大にわたっているために、全域を守るなら一人ずつバラけたほうがいいのだろう。

 それに一つ頷いて、ヘルが再び口を開いた。


「そう。スルトとフィニクスは二人だし、片方は異能が使えるんだから、誰よりも広い場所を任せようか」

「でも、あの二人はもう遠くへ行ってしまったわ。伝える術はないのではなくて?」


 ユーフォニアの当然の疑問に、ヘルが微かに笑みを浮かべた。


「ごめんね、自己紹介がまだだった。俺の神権は光芒で、光は古くから神の言葉を伝えるものとして扱われる」


 だからできるんだよ、と柔らかく言うヘルが、しかしどれだけ難しいことを成し遂げているのかを、アクイラはよく知っている。その神権が有している漠然とした概念一つで能力の幅を広げるのは、果てのない砂漠で蜃気楼(偽り)オアシス()へと姿を変えるほど困難なことなのだ。


「まあ、やり取りは一方通行なんだけれど」


 そう言って少しの間遠くを見つめて動かなくなった彼は、やがて再びその場にいる全員に向き直った。


「ついでにお前たちそれぞれの行先も示した。いま見えている光芒の軌跡の終着点で異形を倒してくれれば、被害は最小限で済むはず」

「……虚構の解析は」


 エヴレナが、光芒の先にやっていた視線をヘルに向けて問いかけた。

 それを正面から受け止めて、ヘルは微笑む。


「俺がやる。光は常に、真実を照らすものだから」


 皆が納得したように頷いたのを確認して、ヘルが早く行っておいでと急かし始める。今この瞬間にも、虚構内部に侵入してきた異形は数を増やしているのだから。

 サングラス越しにアクイラと視線が交わったヘルが、一瞬だけきょとんとあどけない顔を晒して、すぐに柔らかい微笑みを湛えた。頑張っておいで、と彼の口元が動いたのが見えた。

 アクイラは小さく、しかししっかりと頷きを返して、各々その場から姿を消し始めている神継ぎの後を追うように、ヘルに指定された地点へと移動を始めた。

 後に残されたアマニは、示された一閃の光芒の先を見やって、そしてサングラスをかけて佇んでいる青年に視線を戻す。ヘルがまっすぐとアマニを見返して、しばらく無言が続いた後、彼は口の端に力ない微笑みを乗せた。


「……得体のしれない俺のこと信じすぎだよ、皆。お人よしだね」


 それを静かに見つめて、やがてアマニも微笑んだ。


「レーヴさんが信じたひとって、たったそれだけのことでも、私たちの信頼に値するんですよ。他の方は分かりませんが、少なくとも私は、それを理由にあなたを信じます」


 アマニは丁寧に礼を一つ落として、そして皆と同じようにその場を離れていった。

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