93.神々の楽園
「バッ……バッカじゃねえの!?」
「ハハ、罵倒呑みこめてねえぞイージス」
さて、魂を連れて行った先、完全なる神となったイージスは、その場にいるヘルモーズを見、ヘルモーズが連れてきた研究者たちの魂を見、そして短い時間のうちにヘルモーズがそこにいる理由を察したようだった。
ヘルモーズと同じくらいの齢の褐色の少年は、その橙の瞳を零れ落ちんばかりに見開いて、わなわなと唇をわななかせていた。
「何してんの何してんの!? ホントお前、お前さあッ……何してんの!?」
「んー敵討ち、みたいな?」
「なんでお前も死んでんの!?」
「必要だったから?」
「どこが!?」
終わったことを説明するのも面倒になって、ヘルモーズはイージスから目を逸らした。
その先にはもう一人、ヘルモーズが連れて帰ってきた魂の大元である少女がいた。
「わあ~。イージスのお友達は随分と豪胆なんですねえ」
「豪胆で後追い自殺されたらたまったもんじゃねえの!!」
「魂取り返してきてくれてありがとう~。困ってたんですよねえ。あ、わたし跳躍の神のソティです~」
「困ったときはお互い様だろ。俺はヘルモーズな。護魂の神」
緩く自己紹介をされ、ヘルモーズも軽く返すと、ソティの薄黄の瞳が柔らかく細められた。
未だ荒ぶっているイージスにもう一度視線を合わせて、ヘルモーズは小さく首を傾げた。
「イージスは俺に会いたくなかったか?」
「そりゃ会いたかったけど!! そもそもちゃんとした別れとかできなかったから後悔しかなかったけど!!」
「ソティもなー、エヴレナが寂しがってたぞ。同郷だって聞いたしな」
「あら。それは悪いことをしちゃいましたねえ」
ソティがそっとその瞳を閉じて、かつてに思いをはせるように頬に手を当てる。
「でもあの子は、悲しみを乗り越えることのできる強い子ですから。大丈夫ですね」
「それはそれとして一暴れくらいはしそうだけどな」
「ヘルモーズみたいにか?」
「まるっきり一緒だったら最後は死んじまうだろ」
「ヘルモーズみたいにか?」
「すまんって」
怒り、というよりはもどかしさに苛まれているようなイージスの方が、今度はヘルモーズから視線を逸らした。
「お前のそういう親しい奴が死んだら自暴自棄になるとこ、治せたと思ってたのになあ……」
「あー俺らが出会ったばっかのころな。たまたま悪魔憑きとかち合ったとき」
「お前そんなひ弱そうな見た目でやることなすことぶっ飛んでんだよ」
「アンタは見た目通りのわんぱく小僧だもんな」
ぐっとイージスの眉間に皺が刻まれるのを見て、ヘルモーズは彼が口を開く前にと話題を変える。
「そういやあん時の悪魔憑きと再会したぞ。今じゃ立派な神継ぎだ」
「……そいつが神になってこっちに来たら、オレは一回そいつを殴ろうと思う」
「おーやっちまえ」
レイナードのほうがイージスの容姿を覚えているかは不明なので、一度彼を紹介してからのほうがいいかもしれないな、とヘルモーズが思考を飛ばしていると、少し離れたところから朗らかな少女の声が飛んできた。
「お二人さ~ん、この方々はどうするんですか~?」
「あっ」
地面にしゃがみ込むようにして何かを見ているソティに、ヘルモーズは忘れかけていた存在を思い出した。あの最上階にいた六人分の魂のことをすっかり失念していたのだ。
「あーそいつら、神権抽出の実験に関わってた奴らなんだが、当事者に罰を決めてもらおうと思ってな。とりあえず魂を持ってきたんだが」
「まだ生きてるのか?」
「精神的にはな。肉体はもう死んでる」
そろそろと近寄ってきたイージスも合わせて三人で六つの塊を見下ろす。
「やらかした本人が償ってから輪廻に乗せてやろうと思ってな」
「来世の誰かが割を食うのは違いますもんねえ。ケジメは本人がつけないと」
頷くソティの横で、イージスが顔をしかめた。
「オレ、そいつら全員大嫌いだ。歴代の奴らが神継ぎに対してやりたい放題だったからって、本当に何でもやってきた。神権を封じられたら、オレだってちょっと体が頑丈なだけの人間と同じはずだろ」
憎々しげな、けれど当時の恐怖がこびりついているのか、喉の筋肉が強張って閉まっているかのような声だった。
神継戦争時代、それぞれの勢力の長は時に、神継ぎとされた人間が本当にそうであるのか、一度彼らを瀕死にまで追いやることで調べた。瀕死のまま放置されても生き続ければ神継ぎ、そうでなければ神継ぎを騙ったただの人間。
そしてそれは往々にして、ヘルモーズのように人ならざる力によって自軍を壊滅させたことで神継ぎの疑いをかけられた存在が受ける仕打ちであったのだが、どうやらそういった人間が研究施設の歴代責任者に名を連ねてしまっていたらしい。
だからこそ、神継ぎたちは慈愛の災厄について広める政府の人間たちを鼻で笑ったのだ。誰よりも神継ぎを大事にしていないのは、政府の人間に他ならないのだから。
当時のことを思い出してしまったヘルモーズがその表情に暗い色を乗せるより早く、ぱちんと手のひらを合わせる音がして、ソティが朗らかに提案の声を上げた。
「よ~し、全員まとめて地獄の沙汰も神次第コースにしましょう!」
「……なんて?」
ヘルモーズが混乱とともに聞き返すと、ソティの薄黄の瞳が柔らかく細められた。
「わたし、前代の跳躍の神に聞いたことがあるんです。悪いことをしてしまったら、神様のもとを一柱ずつ順繰りに尋ねてそれぞれに罰をもらうまで成仏できないツアーに参加させられるぞって」
「……それにこいつらを強制参加させるのか」
「何日かに一度は少なくとも一柱に会いに行かされるはずなので、このままバックレる心配もなしです~」
にっこりと笑ったソティに本能的な恐怖を感じて顔を引きつらせたヘルモーズを他所に、イージスは「ふーんいいんじゃん」なんて呟いている。明らかにこの柔らかな少女に似合わぬ静かなドスに慣れてしまっていた。
イージスの賛成を受けて、そしてヘルモーズの同意ももぎ取って、ソティはそっと六つの魂を両の手のひらで掬うように持ち上げた。まるで魂に言葉を注ぎ込むように、彼女はそっと語り掛ける。
「——死せる魂よ。汝はこれより、神々の巡礼者となる。己が咎を曝け出せ。己が咎を懺悔せよ。己が咎に応じし裁きを受け入れよ。さすれば、汝の咎は赦されよう」
静かにそう述べたソティは、最後にまるで綿毛を飛ばすかのような優しさで魂に息を吹きかけた。その流れに乗って六つの魂が空へと昇り、やがて見えなくなる。
「魂に関しては俺の十八番だと思ってたんだけどなー」
「これに関してはどの神様でもできるらしいです~」
「目の前にいるのに、最初はオレらのとこじゃねえんだな」
「魂が嫌がったんじゃないですかねえ。どう足掻いてもわたしたちには嫌われていることは分かってますし」
ふうん、とヘルモーズが軽く相槌を打って魂の行方から視線を逸らし、その空色の瞳にイージスとソティを映した。まるでもう六つの魂の辿る道など気にもかけていないかのように、ヘルモーズはあっさりと彼らから興味を失った。
「マ、これから後継を見つけるまで、末永くよろしくなー」
「は~い」
「おー」
そうして、三柱は神々の楽園に足を踏み入れたのだった。




