92.
じり、とヘルモーズの圧に押されて無意識に一歩下がりそうになるのをどうにか押し込めた彼らが、口の端を持ち上げる。
「まともに立てやしない。頼みの異能も使えない。そもそもあなたの異能は我々を害せるようにできていない。そのような状況で、あなたは我々をどう殺すのですか」
ヘルモーズの気迫ははったりだと、そう自らを無理やり信じ込ませているような彼らが、いっそ哀れに思えてくる。仕方がないのだろう、彼らの手元には、対人戦では無力である偽りのヘルモーズの情報しかないのだから。
だからといって、手加減するという謂れはないのだけれども。
「アンタらは、護魂について深く考えたことはないらしい」
傷付いた右腕を動かそうとしてみるものの、予想していた通り満足には動かせない。
動きを見せたヘルモーズを警戒してか、警備兵が銃の構えを強める。
「護魂ってのはな、魂を連れ戻す力じゃない。文字通り、魂を護る力だ。彼岸まで無事に護り通して、そんで輪廻に魂を乗せるための、魂に干渉する力だ」
ヘルモーズの言葉を咄嗟に理解できなくとも、彼らへの攻撃手段をもっているというニュアンスは正しく受け取ったのだろう。
彼らは警戒に体を強張らせて、そしてそのまま、ぴたりと動きを止めた。
動かないのではない。動けないのだ。ヘルモーズが、彼らの魂を握っているから。
肉体を動かすための自由意思が宿る魂を六つ、ヘルモーズは確かに手の内に収めていた。
「魂を他人に握られる感覚はどうだ? 俺はやられたことがないんで分からんがな、首に刃を突き付けられるより、心の臓に拳銃を突き付けられるより、よっぽど死を身近に感じるんだろ。レイナードがそう言ってたぞ」
ヘルモーズはそっと左の手のひらを握りしめ、密やかに笑った。
「マ、俺は鎮守の神継ぎたちの魂を救うために来たんであって、アンタらを殺すために来たわけじゃないからな。後回しでいいか」
魂を握り込んだまま、ヘルモーズはふっと彼らから興味を失った。
近くの机に左手をつきながらなんとか立ち上がると、未だだくだくと血を流す右足を引きずりながら一つの透明なケースの前へと進む。その中には、半透明のまあるい手のひらに収まるほどの大きさの球が鎮座していた。
それがイージスの魂を巻き込んだ鎮守の神権の塊なのだと、ヘルモーズは理解していた。
痛みも苦しみもまるで感じさせず、ただきらきらと神権に塗される金箔のように輝く魂に、ヘルモーズは得も言われぬ哀愁を感じた。
最小限の力でその球体を閉じ込めるケースを壊し、ヘルモーズはそっとそれを抱き上げた。
少し離れたところに置いてあるもう一つのケースに目を凝らし、ヘルモーズは眉根を寄せる。
「もう一人は……跳躍の神権か。エヴレナの同郷だったな。エヴレナが悲しむとレイナードが怒るぞ……」
ぶつぶつと呟きながら跳躍の球体も回収すると、足を引きずりながら再び研究者と警備兵の元へと引き返した。
恐怖、畏怖、戦慄。様々な負の感情を乗せた六人分の視線を一身に受け、それでもヘルモーズはただその腕の中にあるぼろぼろに引き千切られた魂を優しく見下ろしていた。
「そうだなあ……」
きらきら、きらきらと控えめながらに美しいままの魂を見下ろしながら、さて研究者たちをどうしてやろうかとヘルモーズは一考する。
時折手慰みに掴んだままの六人分の魂をいじっていると、彼らがたちまち呻き声をあげる。彼らはいま、魂に触れられるという未知の苦痛に苦しんでいた。未知とは常に、人間の天敵である。
しばらくそうしていたヘルモーズは、ふと空色の瞳を持ち上げた。途端、地面にくずおれる六人が視界に入ったが、彼は気にせず口を開く。
「アンタらに、ひとを殺すことの悍ましさを教えてやろう。どうせ己の興味関心探求意欲を満たすために実験を重ねていたらいつの間にか対象が死んでいた、くらいにしか思っていないんだろう? 鎮守のときも、跳躍のときも。そんで、これから起こり得たかもしれない王威に対しても、たったのそれっぽっちしか思わないんだろ」
いっそ美しいまでに、ヘルモーズがその顔に笑みを刻む。
「安心しろ。その後、アンタらの魂は欠片も摩耗させることなく神の御許に連れて行ってやる。万全の状態で神の断罪を受け止めろよ」
そういうや否や、ヘルモーズは二つの魂を操った。どちらも白衣の研究者のもの。それらに、警備兵の手元から銃を取らせる。
先程までの威勢はどこへやら、彼らの手元は震えているようだったが、表情にまで怯えを滲ませるようなことはしていなかった。冷や汗を流しながらも、口の端を持ち上げてすらいる。
それに少しばかり首を傾げて、すぐにヘルモーズはああ、と納得の声を漏らした。
「殺し合いなんてさせねえよ。それで楽になられちゃたまったもんじゃないだろ。アンタらが殺すのは俺だ」
途端、さっと分かりやすく顔色を失った片方の研究者に向かって、追い打ちをかけるようにヘルモーズは重ねる。
「アンタらが殺した鎮守も跳躍も、俺がこの魂を返せば完全な神として君臨する。俺もここで死ねば、現代の護魂の神と世代交代だ。三柱の前で、せいぜいかつての非礼を詫びるんだな」
彼らの意に反して持ち上げられる腕が、恐怖ゆえか抵抗ゆえか、大きく震えている。それではヘルモーズを即死に追いやれないだろうと溜息をついて、震える隙が無いほどに魂を雁字搦めにすれば、研究者の喉から引きつったような悲鳴が漏れた。
それを聞き流して、他四人の警備兵に目を向ける。
「アンタらについては俺は別にどうでもいいんだが、イージスたちが赦すかどうかはまた別の話だからな。とりあえず道連れだ」
うんともすんとも言わない警備兵は、どうやら諦念とともにその瞼を下ろしたらしい。
その瞼を無理やりこじ開け、ヘルモーズは彼らに笑いかけた。
「ちゃんと見とけよ、最期の景色だぞ」
眼球までもを固定し、全員の視線をヘルモーズに釘付けにする。
「さ、銃の使い方は分かるか? あー……マ、俺が勝手に体動かせばいいか。アンタらは目だけかっぴらいといてくれればいいからな」
言いながらも、研究者の腕の高さや銃口の向ける先を調整していく。
即死というのは、なかなかに難しいのである。
「一つは脳幹だとして、うーん……もう一つはそうだな、心臓にするか」
異様な空気だった。
被害者も加害者もごちゃまぜになって、ヘルモーズがこの場を支配していることだけがただ一つの動かぬ真実であった。
やがて調整を終えたヘルモーズが、その場の全員と視線を合わせる。
「さ、仲良くいこうな」
僅かな体の震えさえ許されていない研究者の引き金にかけられていた指が、彼らの意に反してぴくりと動いた。
そうして、丁寧なまでの手ほどきを受けて銃口から弾丸が飛び出し、寸分たがわずヘルモーズの急所を撃ち抜いた。




