99.置き土産
ノーシスの神権は、目標としているクローン体までの道のりを正しく教えてくれた。どの経路をたどれば全ての監視の目を潜り抜けることができるのかまで、手に取るように分かるのだ。
ノーシスはアイスブルーの瞳を薄く細めて、一つの部屋の扉の前で深呼吸をした。
彼の足元には、二人の人間が転がっている。こればっかりは避けることもできず、脳内に溺れるほどの情報を流し込んで処理落ちさせたのだ。
この部屋のなかに、レーヴのクローン体がいる。そしてそれに加えて、三人の人間。否、そのうちの一人はホログラムであり、実体を伴っていないようだった。
そして、主にそのホログラムの人間とクローン体が言葉を交わしているのも、ノーシスの耳には入っていた。
「——お前の虚構だろう。何故お前の意思で操れない? それとも、お前はわざと操らないのか?」
「どうしたの、さっきから言っていることが支離滅裂だわ。どうしてわたしを疑うの?」
「お前が自らの虚構を潰せなかったばかりか、もう作り出せもしないなどと世迷言を言うからだろう。虚構の神権が失われたわけでもあるまいに」
「確かに神権はまだ残っているけれど、本当に使えないのよ。それにさっきまで昏睡状態だったわたしが、どうやって虚構を潰すっていうの?」
「権能を有しながら使えないような不良品を作った覚えはないが」
期待外れだったな、と心底失望したような声を最後に、部屋のなかは静まり返った。絶句しているのか絶望しているのか、やり取りを交わしていた少女の呼吸の音すら聞こえない。
ノーシスは溜息をついて、扉の横にあるタッチパネルを操作した。
目の前の扉が開け放たれて最初に目に入ったのは、レーヴによく似た少女の色を無くした顔。
視線が合わさる前にノーシスはホログラムの男を見据え、呆れを滲ませて言葉を吐きだす。
「彼女が虚構の神権を使いこなせないのは君の所為だよ」
ノーシスはホログラムの男をまっすぐと射貫いて、諸悪の根源くん、と続けた。
一瞬で警戒態勢に入った相手方に、ノーシスは薄い笑みを浮かべる。
「君は昔、ミスラさんと契約を交わしたよね? 正しくは、ミスラさんを介してレーヴさんと」
「『レーヴさん』……?」
クローンである少女の吸い込まれるような金茶の瞳がノーシスを映して、一人の女性の名を復唱する。
見れば見るほど、レーヴに生き写しの少女だった。それでいて、彼女が決して見せたことのないあどけない表情をする少女だった。
ノーシスはその少女から視線を逸らして、ホログラムの人間を見据える。
「君は虚構の再構築を禁じた。虚構の外での昏睡命令も下したよね? 虚構の神継ぎに対する制約を取り付けたってこと、忘れちゃった?」
「はったりだな。私は知っているぞ。ミスラは死んだ、もう契約は無効だ。だからお前たち神継ぎは異能が使い放題なんだろう、ここに来るまでのお前みたいにな」
鼻で笑うようにしてそう言い放ったホログラムの人間に、ノーシスは不敵に、あるいは馬鹿にしたように笑みを返す。
「ミスラさんは、俺たちの神権に関する契約を契約の神継ぎの名の下に結んだ。でも、虚構の神継ぎに関しては、契約の神の名の下に契約を結んでる。つまり、ミスラさんが亡くなっても、契約の神が存在する限り、契約が無効になることはない」
無機質なホログラムが僅かに驚きの表情をかたどるのを、ノーシスは冷たいアイスブルーの目を眇めてじっくりと目に焼き付ける。
そして、最大級の嫌悪と侮蔑をもって笑ってやった。
「君はどうやら、君が思っていた以上に、ミスラさんに嫌われていたらしい」




