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60話 クラウとルインスの鬼ごっこ

 ―――クラウ視点―――



「なんでまたここなの?」

「それはもちろん、これから訓練するからっすよ」


 俺は馬から降りた後、ルインスに尋ねる。

 ルインスに連れてこられたのは、今でも忘れられない、魔牙猪と戦ったあの森だった。

 大きな商会の中には冷魔庫を導入するところも増えてきたようだが、うちの店にはそんな資金はなく、俺の魔法が欠かせないため毎日忙しくしている。

 そんな訳で、体力づくりは毎日欠かさずやっていたが、訓練に割ける時間はなかった。

 ルインスから訓練のために時間を空けてほしいと言われ、ようやく時間を空けることができた。

 商売も大事だが、軍部魔法学園に行くための訓練も重要だから、仕方ないことだ。


 バルドさんに見せてもらった冷魔庫は、俺の記憶にある冷蔵庫とは違い、空間を冷却させる箱のようなものだった。

 ハンドミキサーの時に使った電魔晶石とは違い、無属性の魔素の塊である魔晶石を燃料にして、冷気を発生させる。

 その冷気の出力は調整することができ、倉庫内に冷魔庫を設置することで食材等を冷やすことができる。

 中央の新聞には小型化も進んでおり、冷蔵庫的な形での普及も進められていると書かれていた。うちのように倉庫を持たない店はそれを待つしかないだろう。


 さて、現実に戻ろう。


「また森で魔物と戦うの?」


 正直、森に来てやることなんてそれぐらいしか想像つかない。


「それでもいいんすけど、前回の魔牙猪との戦いを見た限り、この森の魔物ならなんとかなると思うんで、今回は違うっす」

「じゃあ何をするの?」

「海人族のカリューのことを覚えてるっすよね?」

「うん」


 もちろん覚えている。

 カリューは俺が今まで戦ってきた相手の中でも群を抜いて強かった。

 あいつが最初から本気で殺そうとしていたら、今こうして生きていられなかっただろう。


「クラウ様に必要なのは、対人戦の経験っす」

「人と戦うってこと?」

「そうっす。人と獣じゃあ、戦い方が全然違うっすから。まあ、物は試しっすね。まずは、自分と鬼ごっこをしましょう」


 ルインスはそう言うと、俺から距離をとった。


影幕(シャドウ・カーテン)。範囲はこのくらいっすかね。」

「うわっ!」


 俺たちが今いるのは、森の中の木が生えていない、小さな広場みたいな開けた場所だ。そこで、俺たちを囲むように影の幕が地面から現れた。


「この範囲で自分が逃げるんで、クラウ様は自分を捕まえるっす」

「えっ、この範囲でいいの?」

「魔法も使っていいっすよ。どうせ捕まえられないんで」


 影の幕は半径10メートルくらいの円でかなり狭い。

 これで捕まえられないというのは俺を舐めすぎだ。

 魔法なんて使うまでもない。


「分かった。絶対に捕まえてやる!」

「いつでもいいっすよ。……囲め囲め」


 俺が動き出した瞬間、地面から人型の影が現れ、俺の周りをぐるぐると回りだした。

 その中にルインスも紛れる。


 ざっと数えて10体といったところか?


「こいつだ!」


 いくら影が出てこようと、ルインスが影に紛れたのは見ているので、その影を追い、それをタッチする。


「あれ?」


 確信を持ってタッチしたのだが、俺の手はその影をスルッと通り抜けてしまった。


 どういうことだ? これの影がルインスだったはずだけど?


 俺は本物のルインスを見失ってしまったようだ。


『どうしたんすか? もうギブアップっすか?』

「そんなわけないだろ!」


 すべての影の口が開き、ルインスの声が聞こえる。

 見分けがつかないので、とりあえず適当に影に触れるが、どれも通り抜けてしまう。


「全部触って確かめてやる」

『残念っすけど、無駄っすよ』


 周回する影と反対周りに走り、全部触って確かめようとしたら、影は無造作に動き出した。

 これでは完全にどの影が本物か分からない。

 俺が迷って適当にタッチしようと動く間に、影の動きがさらに複雑になり、中には影同士で追いかけっこをしたり、俺を煽るように寝そべったりする影まで出てきた。


 そんな自由な動きまでできるのかよ!


 内心そんなツッコミをしつつ、何分も影を追いかけたが、結局ルインスを捕まえることはできなかった。


「はぁはぁ……もう、無理」

『了解っす』


 俺たちを囲んでいた影の幕がなくなり、影の中の一体からルインスが現れた。


「それが……はぁ、ルインスだった、の?」

「いや、違うっすよ。どれも自分の可能性があったし、どれも自分じゃない可能性があったっす」

「どういうこと?」


 呼吸を整えながら、ルインスの話を聞く。


「最初に自分が影の中に紛れたっすよね? でも、それは影の中に本体がいるっていう印象を植え付けるためにそう見せたっす。実際は影に紛れるふりをして、クラウ様の影の下に潜んでました。なので、どの影にもなることができたし、影にならないこともできたってことっす」

「ズルじゃん!」

「遊びだったらズルっすけどね。これが戦闘だったらどうなるか想像できるっすか?」


 戦闘だったら……俺はルインスを見つけることができなかった。

 だが、ルインスは俺を殺す機会なんていくらでもあったということだ。


「……俺はやられてた」

「そういうことっす。人との戦闘は未知数なことばかりっす。特に知らない魔法使いとの戦闘なんて、相手がどんな魔法を使うのか、どういう武器を使うのか、初見殺しの技だってあるかもしれないっす」

「さっき言ってた、人と獣との違いっていうのは?」

「獣は力と本能で攻めてくるっすけど、人は考えて行動するっす。だから、対人戦では技術だけじゃなく、頭の使い方や駆け引きが重要になるんす。

 まあ、魔物の中には賢い奴もいるっすけどね。群れを指揮してくる魔物とか、罠を仕掛けて待ち伏せするような奴とか。でもそういうのは、ここよりも魔素濃度が高い環境にいるんで、別の話っすね」


 なるほど、人と獣との違いは理解できた。


「じゃあ、人と戦うってなったらどうすればいいの?」


 ルインスは人との戦いは未知数なことが多いという。

 そんな未知数の相手と戦うのにどう対処したらいいんだ?


「今までクラウ様はどうしてたっすか?」

「俺は……」


 今まで戦ってきた相手のことを考える。

 戦ったと言っていいかどうか分からないが、まず思い浮かぶのはカリムだ。次が虎の獣人、最後にカリュー。

 俺が戦った人といったらこれくらいだろう。


「カリムの時は魔法を使えなかったから、そのまま氷魔法で懲らしめて、虎の獣人の時も氷魔法でどうにかして、カリューの時も氷魔法で……あれ? 全部氷魔法で何とかしてただけだった?」

「それでいいんす。自分にとって未知数ってことは、相手にとっても未知数ってことっす。未知数なものには対策なんて立てられないし、対処も遅れるっす。だったら、相手に自分の情報を知られて対処される前に自分の強みを押し付けて相手を倒す。これが一番楽っすね」

「でも、俺はルインスの魔法のことを知ってても対処できなかったけど」


 俺はルインスが影魔法の使い手だと知っていた。

 でも、ルインスの影魔法に好き放題にやられた。


「それは次の話っすね。相手と自分、お互いに情報を知ってるとき、どちらも対処することができるっす。そうなった場合、どちらが先手を取れるかが重要になるっす。

 その先手の取り方が、自分の場合は“ルールを相手に押し付ける”だったわけっす。さっきの鬼ごっこを思い出してください。自分は『影の中に本体がいるっていう印象を植え付けた』って言いましたよね? それは、“その中から本体を探させる”っていうルールを相手に押し付けて、相手の思考を縛るためにそうしたっす。

 でも、実際はその影の中に自分はいませんでした。つまり、相手が本体を探すという思考になった瞬間、自分が相手より先に動けるようになったってことっす。それだけで十分有利ですし、クラウ様みたいに完全に騙されてくれれば、それでもう戦いは終わりっす」


 なるほど、ルールを相手に押し付けることで先手を取るか。

 ルインスの言っていた「頭の使い方や駆け引きが重要になる」という意味が分かってきた気がする。


「でも、そんなルールを押し付けることができるのなんてルインスの魔法くらいじゃない?」

「確かに魔法があった方がやりやすいっすけど、先手を取る方法は他にもあるっすよ。例えば、純粋な素早さで先手を取ったり、物陰に隠れて奇襲したりっすね。あとは、演技でわざと先手を譲って、相手を騙して自分のリズムに引き込むのも手っす。それは鍛えれば誰にでもできることっすけど、誰でもできるからこそ、そこに読み合いが生まれるんす。

 でも、クラウ様の魔法なら、“ルールを押し付ける”こともできるはずっすよ。」

「えっ、どうやって?」

「それは自分で考えるっす。自分がどんな魔法を使えるか、それを知るのは自分自身っすよ」


 その通りだ。どれだけの魔法が使えるかなんて、使っている自分が一番よくわかっている。


 とはいえ、あの襲撃の日以来、魔器に変化があった。魔素が溜まる感覚に加え、別の“何か”が宿ったような感覚がある。

 おそらく、法衣の男を弾いた時に出た炎が関係しているんだろうが、サターシャに見てもらっても「私の眼ではうっすら炎のようなものが見えるだけで、詳しくはわかりません」と言われた。

 何度試してみてもあの時のような炎が出ることはないが、魔法を使うと小さくなり、時間が経つと元に戻るのは魔素に似ている。


 考えても仕方ないし、今のところ害はない。魔素が増えたと思っておけばいいだろう。


「じゃあやっと魔法を練習するんだね」


 今までルインスの指導は体力づくりが主で、魔法の訓練はしてこなかった。

 だから、個人的に訓練することが多かったし、ルインスとの訓練は少なかった。

 でも、もう十分に体力づくりはやったし、魔法の訓練ができるなら、楽しみだ。


「そのつもりっすけど、もう少しだけ対人戦について学ぶっすよ。なんで今まで体力づくりばかりしていたのか、その理由もまだ説明してないっすから」


 どうやら、ルインスの話はもう少し続きそうだ。




更新頻度が遅くて申し訳ありません。

完結まで頑張りますので、どうか気長にお待ちいただけると嬉しいです。


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