59話 茨の成長
―――フロスト騎士団訓練所―――
「茨縛り」
「遅い」
「くっ、参りましたわ」
レオノーラの茨魔法を潜り抜け、ジャビールが接近し、その首に木剣を当てる。
「また駄目だったみたいだね」
それを確認した念力魔法使いのマーディが空中から二人に近づく。
「速すぎて捉えられませんわ……。私もお兄様のように指導を受けて強くならないといけないのに」
「おらおらッ! 全部の攻撃を受け止めようとするな。受け流せる奴は受け流して、止められる奴は全力で止めろ! お前の体は見かけだけか? もっと腰を入れろ! お前が倒れたら、仲間は全滅する。盾はお前が隠れるための道具じゃねえぞ! お前が『盾』なんだ」
「わ、分かりました!」
「返事する余裕があるならもっと行くぞっ!!」
レオノーラの視線の先では、兄のリオネルがバッカスの指導の元、攻撃の受け止め方を学んでいる。
リオネルは盾魔法で生み出した盾を扱い、バッカスはそれを拳で殴る。
「前も言ったけど、僕は指導を頼まれただけでやるとは言ってないよ。僕はセンスのない奴に指導したくない。めんどくさいし、無意味だ。そんな魔法が使えるのに、魔法の使用を禁止した、それも近接戦闘が本職じゃないビーすら捕まえられないなら、見込みはないね。大人しく雑用でもしてれば?」
対するレオノーラが指導を担当することになったマーディから課せられたのは、模擬戦でジャビールに一撃を入れることだった。
ここ数日間、何度も挑戦しているが、一度もジャビールを捕まえられていない。
「それはできませんわ! 私も守られてばかりは嫌ですの」
「ふーん、じゃあ結果で示しなよ」
「分かりましたわ! 先輩、お願いしますわ」
レオノーラはそう言うと、もう一度ジャビールに模擬戦をお願いする。
「また、駄目でしたわ」
レオノーラは肩を落とし、悔しそうに地面を見つめた。
何度も試合を重ねたが、それでもレオノーラは一度もジャビールを捕まえることができなかった。
「兄さん、何か助言をしてあげてもいいんじゃないか?」
その様子を見て、ジャビールが小声で兄のマーディに助け舟を出す。
「駄目だね。僕から教えるつもりはない。別にビーが教えてもいいんだよ?」
「指導を任されたのは兄さんだ。俺は兄さんの方針に従うよ」
「お前は真面目だねえ。……まあ、舞台には立たせてあげるか。レオノーラだっけ? こっちに来なよ」
マーディは片手で手招きし、落ち込んでいるレオノーラを呼んだ。
「この数日、君は何をしていた?」
「何をですの? それは、ジャビール先輩と模擬戦を……」
「そうだね。それで君はジャビールに一撃を入れるっていう結果を出すことができなかった。僕が言ってるのはその後の話だ。なんで負けたのか分析するのでも良い、誰かに教えを乞うのでも良い、君は何か行動に移したの?」
「でも、それはマーディ先輩が教えないっておっしゃっていたではありませんか」
「頼まれれば反省くらいは付き合ったよ。それに僕じゃなくても良い、騎士は他にもいる。それなのに、君は負けてから落ち込むだけで、結局誰かから与えられるのを待っているだけだ。元貴族だから仕方ないとか、子供だから仕方ないとかどうでもいい。戦いにおける結果に子供も大人も身分も関係ない。でも、今の状態で望んだ結果を出せないんなら、自分からそれに近づくための行動をしないと何も変わらないままでしょ? 『守られてばかりは嫌』だって? 笑わせないでよ。僕から見れば、君はただ周りに流されてそう言わされているようにしか思えないんだけど」
「そんなことっ! いえ、すみません。……マーディ先輩、私のどこがいけなかったのか、教えていただけませんか?」
レオノーラはマーディに頭を下げる。
「うん。僕から言えるのはこれだけだね。君はいつまで相手と同じ目線で戦ってるの?」
―――レオノーラ視点―――
言い方は嫌な感じだが、マーディ先輩の言ってることは正しかった。
私は貴族として生まれてきて、全てを与えられて生きてきた。気づかないうちに与えられることに慣れてしまっていたのだ。
でも、今は貴族ではなく、騎士見習い。私も考えを改めなければいけない。
そんな反省とともに、もう一度ジャビール先輩と対面する。
私のこれまでの戦いを振り返ってみる。
勝利条件はジャビール先輩に一撃を入れること。
ジャビール先輩は魔法を禁止されているし、私の茨で捕まえることさえできれば勝てる。
何度も挑戦してみて分かったが、ジャビール先輩は素早すぎる。
簡単な罠なら見破られ、直接の攻撃なんて木剣で断ち切られるか避けられる。
二度目の魔法を放つ前に負けることがほとんどだ。
速さでは絶対に敵わない。
『いつまで相手と同じ目線で戦っているの?』
マーディ先輩からの助言(?)について考える。
相手と同じ目線ってどういうことですの?
ジャビール先輩と同じ方法で、同じ条件で戦っている、ということ?
「じゃあ、始め!」
そんなことを考えている間に、マーディ先輩から合図がかかる。
ええいっ、一か八かですわ!
「茨の玉座」
私は数百本の茨で足場をつくり、私を乗せたまま空中まで伸ばす。
下を見ると、ジャビール先輩が驚いたようにこちらを見上げているのが分かる。
だが、それも一瞬で、ジャビール先輩は私の元へ近づこうと、茨を登り始める。
いつもなら素早く私に迫ってくるはずが、今は違う。
茨を登るために、その素早さが活かせていない。
冷静に相手の動きを見守りながら、上空からジャビール先輩の様子を観察する。
いつもなら余裕などないが、今は空中から広い視野で相手を冷静に見定められる。
「茨鞭打」
無数の茨を鞭のようにしならせ、玉座、そして地面からも鋭い茨を勢いよく伸ばす。
茨は蛇のようにうねり、ジャビール先輩を打ち据えようと狙いを定める。
素早く避けられるものの、先輩は私のもとへ近づくことができない。
茨の攻撃が先輩の動きを阻んでいる。
そんな攻防はジャビール先輩が地面に降り、手を挙げたことで終わる。
「良い技だった。腕にかすったぞ」
地面に下りると、ジャビール先輩が傷つけられた場所を手で覆っていた。
どうやら、私の魔法でジャビール先輩に一撃与えることができたようだ。
「これで、私にもきちんと指導してくださるのですわよね!」
私は興奮しつつ、近づいてきたジャビール先輩に尋ねる。
「まあ、そういう約束だからね。やればできるじゃん」
マーディ先輩からしっかり約束を取り付けることができた。
嬉しい気持ちはあるが、それで終わりにしたら駄目だというのは、さっきお叱りを受けたばかりだ。
先ほどの戦いを思い浮かべて反省してみる。
「先ほどおっしゃっていた言葉の意味は分かりましたが、戦いの中で先ほどみたいに浮いていたら、目立って仕方がないんじゃありませんの?」
今の戦いでは、ジャビール先輩が魔法を使わないという条件だったからこそ一方的に戦うことができた。
魔法ありの戦闘だったら、ここまで上手くはいかなかっただろう。それに、戦場でこんな魔法を使えば、遠距離攻撃の格好の的になるに違いない。
上空から戦場を見渡せるというのは強力な利点だが、弱点が大きすぎる気がする。
「むしろ、その方が良いんだよ」
マーディ先輩はまるで当然のことのように、あっけらかんと答えた。
「どういうことですの?」
「集団戦と仮定して話を進めるよ。狙われるってことは、敵の注意が君に向くってことだ。つまり、それは敵の行動を縛り付けることができるってことでしょ? その分、味方は動きやすくなるし、戦局を有利にできる。
それに君の魔法は攻めだけじゃなく守りにも使える。上空にいる分、君に向かう攻撃は中距離か遠距離になるだろうから、ある程度の攻撃なら防げるだろうし、防ぎきれない攻撃は避けるか、味方に守ってもらえばいい。地面の罠や接近戦の心配が減るのも強みだ」
上空にいるだけで、敵がそれなりの射程を持っていなければ、ジャビール先輩との模擬戦のようにこちらから一方的に攻撃することができる。
マーディ先輩の言うように、私の茨なら防御もできるだろう。
「そして、君の魔法の最大の強みは空間を支配できるところだ。敵を分断し、動きを封じ、味方を支援することができる。例えば、茨を張り巡らせて敵の陣形を乱したり、仲間の退路を確保したりね。
狙われている間はそれだけで十分君は戦闘に貢献できているし、狙われないんだったら、味方の支援と攻撃ができる。そんな君という存在は敵からしたら居るだけで厄介なんだ。
でも、君が地上の視点にいたらどうなる? 視界を遮るものが増えて、せっかくの空間支配能力を活かせなくなるだろ?
弱点を消そうとして、“最大の強み”を捨てるのは、戦いにおいて最大の愚策だよ」
確かに、あの海人の男と戦った時も視界を遮られて、私は魔法を使えなかった。
私の魔法はそんなすごいものだったの?
私は自分の強みを理解できていなかった。
「……兄さんは簡単そうに言うけど、空中にいるってことは、警戒しなければいけない範囲は面から空間に広がる。一瞬でも油断すれば死につながるから、相当な鍛錬が必要だ」
話を聞いていたジャビール先輩が、少し考えた後に付け加えた。
「世の中には過程を大事にすることもあるけど、戦いにおいて求められるのは結果だけだ。気持ちなんて関係ない。どれだけ才能があろうと、努力しようと、助言を受けようと、それを活かせず望んだ結果を出せない、センスのない奴もいる。他のことなら失敗も経験になるけど、戦いにおいて、失敗は死に繋がる可能性が高い。だから僕はセンスのない奴に指導するつもりはない。
でも、僕が結果を出す出さない以前の君を舞台に立たせただけで、君は望んだ結果を出して見せた。結果が求められる厳しい世界にようこそ、レオノーラ」
「はい! ご指導よろしくお願いいたしますわ」
*****
「兄さんが指導なんてするなんて意外だな。面倒くさがると思ってたよ」
レオノーラがいなくなった後、ジャビールがマーディに話しかける。
「僕が面倒くさがるのはビーとは違って戦うのも嫌いだし、人の生死が付きまとうこの仕事も好きでやってるわけじゃないからね。おまけに、僕の魔法を移動手段扱いするアホもいるし」
マーディは肩をすくめて、少し自嘲気味に続ける。
「でも、弟子の生死が関わる以上、そんなこと言ってられないでしょ。約束は守らないといけないしね」
「やっぱり、俺よりも兄さんのほうが真面目だと思うよ」
「お互い面倒だよね」




