39「想定外の出来事じゃね?」②
向島市第一中学校には、伝説の木と呼ばれる大木があった。
それこそ戦前から、向島市に根付き、多くの生徒たちを見守ってきた守神のような大木である。
生徒たちの中では、こんな噂があった。
「――伝説の木の下で告白し成功すると、一生幸せになれる」
中学生の恋愛を子供の遊びと笑う者もいるかもしれない。
どうせ続かない麻疹のようなものだと本気にしないかもしれない。
それでも、今、恋をする少年少女たちは本気なのだ。
真剣に誰かを好きになり、胸を高鳴らせ、心を躍らせる。
誰かのことを思うだけで、心が温かくなり、辛くなり、悲しくなり、楽しくなる。
そんな少年少女の想いが、噂となり、願いとなり、伝説の木は生まれたのだ。
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「――という設定の木を植えてみたんだがどう思うだろうか?」
「知るかぁあああああああああああああああああああああ!?」
まだ生徒の少ない中学校の校舎裏で、あずき色のジャージを着た「学校の神」こと萌乃萌葱に全力で夏樹は突っ込んでいた。
レンズの厚い丸眼鏡をかけて、黒髪を三つ編みにした、少し古いタイプの教師スタイルの萌乃萌葱は、一見すると生真面目そうな女性に見える。
だが、口を開けば「学校の神」というよりも、「学校を少女漫画か学園ラブコメの舞台か何かだと勘違いしている神」だった。
「学校に来たらでっけー木が生えているからどんなファンタジーかと思ったら、力技だったんですけど! やだー!」
「生徒のためだ!」
「嘘つけ! 絶対、あんた自身のためだろう! 今時のボーイとガールは伝説の木の下で告白なんてしないんだよ!」
「――なん、だと」
「嘘だろぉ! そんな驚くことぉ!? あんたいつの生まれだよ! 銀子さんよりも絶対年上だろ!」
「新たな神々」であり、「学校の神」である彼女は、一度は夏樹と戦っている。
決していい出会いではなかったので、警戒していた。
月読から「彼女は大丈夫ですよ」と事前に言われていたが、「絶望の神」の仲間だった過去がある以上、無条件に警戒を緩めることはできなかった。
――しかし、彼女の言動から警戒するだけ労力の無駄だと思った。
「私は、一度は敵対してしまった由良夏樹に謝罪するために、それ相応の場を用意しようと伝説の木を植えたのだが、気に入ってもらえなかったようだな」
「……謝罪に伝説の木の下は関係なくね?」
「不意に君が私に恋をして告白したくなった時のために、念には念を入れておいたのだ」
「そんな急に恋しねえよ! ていうか、やっぱり告白のためじゃん! 私利私欲じゃん!」
「――っ、まさかこの私が誘導尋問されるとは……さすが聖剣に選ばれし勇者だけあるな」
「勇者関係ないからね! 俺だったからよかったけど、千手さんだったらもっとツッコミの嵐だったからね! 多分、あんた泣いてたよ?」
「ふむ。確か、七森千手だったな」
「そうそう」
「……七森千手は言葉責めが好き、と」
「何メモってるの!? その情報をメモして千手さんに何するつもり!? あと、俺が言ったって言わないでね! 俺がしばかれるから!」
ぜーはー、とツッコミのしすぎで息が切れてしまう。
なぜ朝からこんなに疲れなければいけないのだ、と夏樹は悩んだ。
ホームルームさえ始まっていないが、もう帰りたくなった。
「さて、小粋なジョークで場を和ませたことで、真面目な話をしよう」
「――おい、こら。今までのどこが小粋なジョークだ? ……まあいいよ。真面目な話をするなら、どうぞ」
夏樹が促すと、学校の神は深々と頭を下げた。
「――どうか、私がこの地で教師をすることを許してほしい。敵対しておきながら図々しいと思うだろうが、頼む」
「いいよ」
「え?」
「だから、いいよ。って、言っているの。お好きにどうぞ。俺は、あんたがここで教師をしようとどうしようと知ったことじゃない」
事前に、月読から「学校の神」として各地を転々としていた彼女は居場所を探していたと聞いている。
「学校の神」である彼女の目的は、「子供たちと学校に関わること」それだけ。
絶望の神によっていいように味方にされてしまったようだが、実際に悪さなどした記録はないらしい。
夏樹と戦ったのも、綾川杏という「生徒」を守ったにすぎないのだ。
「だから、なんというか、頑張ってね」
夏樹がそっけなくではあるが、応援すると、学校の神――否、萌乃萌葱は涙を流し、頷いた。
「ありがとう。ちゃんと良き教師として生徒を導こう。そしてこの伝説の木の下で告白されて、学校の神から新妻の神になってみせる!」
「――あのさぁ、もうちょっと真面目な時間が維持できなかったの!? あと、あんた欲望まみれでなっちゃんびっくりだよ!?」




