38「想定外の出来事じゃね?」①
「つ、月読先生……おはよう、ございます」
なぜか家の前にいた月読命に夏樹は、引き攣った笑みを浮かべた。
(――これではサボれない!)
「ははは、連絡なしに来てしまって申し訳ございません。しかし、ゆっくり歩きながらお話でもと思いまして」
「……え? 徒歩? 先生、ポルシェ乗ってるんじゃないの!?」
「教師のお給料でポルシェ乗れるわけないでしょう!?」
「い、イメージが……崩れていく」
「私にどのようなイメージを抱いていたんですか」
勝手な印象だが、白髪のミステリアスなイケメン教師である月読は、生徒たちの間で豪邸に住んでいるという噂があった。
外車を何台も所有していて、彼女が何人も居て、夜はバスローブ姿でブランデーを飲みながら大型犬を撫でているというイメージが生徒たちにはあるのだ。
夏樹は、月読が神であることから噂が事実だと思っていたのだが、残念ながら間違っていたようだ。
「まあいいです。生徒たちが私をどのように噂しているのか聞いてしまったら立ち直れなくなる自信がありますから」
「えっと、良い判断だと思いますよ?」
「その言葉を聞いただけで、怖くて聞けませんよ」
ははは、と月読は力無く笑った。
「では、行きましょう」
「はい」
「一応言っておきますが、サボらせませんので」
「…………うっす」
話があるようなのも事実なのだろうが、同時に「学校をサボらせねえぞ、あ?」という圧が月読から発せられていた。
さすがの夏樹も日本神話の誇る月読命に抵抗できるわけがなく、スニーカーを買うのはまた後日と涙を流したのだった。
「少しずつ暑くなってきましたね」
河川敷を歩く月読は太陽の光を反射する川を見て微笑んでいる。
神である月読は、この世界はどのように映っているのだろうか。
「まずは、異世界での戦いお疲れ様でした。力になれずに申し訳ありません」
「いいえ、先生に謝ってもらう必要はないですよ。大切な仲間たちも一緒だったので辛くはありませんでした」
「そうですか。綾川杏さんも無事に帰ってきたようで何よりです」
「あの子はあの子でなんとかなるんじゃないかなって思います」
「私も見守るつもりです。ただ、松島明日香さんは残念でした」
「――え? 誰ですか?」
「…………」
「あ、なんか月読先生が梅干しを大量に口に突っ込まれたような顔してるー」
足を止めた月読は、何かを言おうとして口をぱくぱくさせる。
そして、空気を思いきりに飲み込んで、大きくため息をついた。
「夏樹くんの同級生であり、君の幼馴染みを自称する松島明日香さんは残念でした。不純異性交遊の件で転校手続きを取ったばかりでしたが、まさか絶望の神に魅入られるとは」
「……説明あざっす。思い出しました!」
「それはよかった」
「でも、ぜっくんに魅入られたというか、ぜっくんよりもやばかったというか……その辺からひゃっはーって生えてきそうで怖いくらい生命力ありましたよ」
「彼女は残念ですが亡くなりました。それは間違いありません」
「そりゃよかったです」
「彼女に関してはゴッドにお願いをされたのでうまくやっておきました」
「あざーっす!」
月読はそれ以上、明日香に関しては言わなかった。
夏樹も興味はない。
彼女には杏のように変われる可能性があったが、変わらなかった。
それだけだ。
「さて、本題に入りましょう」
「本題?」
「はい。夏樹くんが異世界に向かう前に、学校の神に出会ったと思います」
「……そういえば、学校の神とかいう恐ろしい名前の新たな神々は異世界にいなかったなぁ」
「彼女は私がスカウトしました」
「――なんで?」
「学校で教師をやっているので、受け入れてあげてください」
「だから、なんで?」
「たった数日で生徒の心を掴んだのはさすがです。見習わないといけませんね」
「まって、なんで? なんで?」
「そんな学校の神改め、萌乃萌葱先生が伝説の木の下で夏樹くんのことを待っているそうです」
「――伝説の木の下ってどこ!? あと、名前が萌えを狙った感じがするのは気のせい!?」
さすがの夏樹もツッコミ側にならずにはいられなかった。




