36「爽やかな朝じゃね?」②
「いただきまーす!」
由良夏樹の朝食はお米と決まっている。
炊き立てのお米こそ、日本人に一日の活力と元気を与えてくれるのだ。
納豆とノリ、チーズの入ったスクランブルエッグ、お豆腐とわかめのお味噌汁が並び、大満足である。
「日本人に生まれてよかった……あ、涙が出ちゃう」
「大袈裟っすねぇ。まあ、気持ちはわかるっすけど」
異世界での日々は、ストレスだった。
向こうの世界の飲食は口にしないように気をつけて、持ち込んだ水や食料で生活することは、最初こそキャンプのようだったが、途中で飽きてきたのだ。
やはり楽しいキャンプと異世界襲撃旅行ではまるでモチベーションが違う。
「……日本食じゃばんざーいって、これ我が家のクソ親父が作ったもんだと思うと感動が半減するじゃが」
「小梅ちゃんひどい!」
小梅は器用に、醤油を垂らしたわさび漬けを白米の上に乗せてノリで巻くと大きな一口で頬張る。
もぐもぐと美味しそうに味わっているが、内心は少し複雑らしい。
「なんか自分はパンで申し訳ないっす」
「気にすんな、ほれ、コーヒーだ」
「ありがとうございますっす、サタンさん。……魔王の淹れてくれたコーヒーを当たり前のように飲んでいる自分が怖いっす」
ふりふりのエプロンを身につけたサタンが、マグカップを銀子に手渡す。
まさか魔王が一般家庭で主夫をしているとは魔族はもちろん、霊能力者でも思うまい。
「友よ、今日は学校かな?」
「ウ、ウン、ナッチャン、ガッコウダヨー。オベンキョウダイスキー」
「……とてもカタコトなのが気になるのだが」
「ソンナコトナイヨー」
リトルグレイのジャックがサタンお手製のジャガイモのスープに舌鼓を打ちながら、夏樹の制服姿を珍しいように見る。
ナンシーも同じようだ。
ふたりは「あ、学校行くんだ」と思っているらしい。
「――夏樹」
「へい、母上」
朝食を食べ終えてサタンに感謝の言葉を告げた春子がお茶を飲みながら息子の名を呼んだ。
「小梅ちゃんや銀子さん、ジャックくんとナンシーさんがいるから学校に行きたくないと思う気持ちはわかるわ」
「うっす!」
「でもね、来月になればゴールンデンウィークもあるし、土日だって遊べるんだから、ちゃんと学校に行っておきなさいな」
「うっす!」
「……適当に返事しているだけなら引っ叩くわよ」
「そんなことないよぉ! なっちゃん学校大好きだもん! 学校に通うためだけに生まれてきたと言っても過言ではないよ!」
「そういう言動が心配なのよ」
はぁ、と春子がため息をついた。
「最近は以前のように大暴れしないでくれているからお母さん少しだけ安心しているけど……」
小梅と銀子が「大暴れしていない、じゃと」「なんの冗談っすか」と戦慄しているが気にしないことにした。
ファンタジー案件では大暴れしているが、母の知るところではおとなしいのが最近の夏樹である。
母からすれば落ち着いたように見えているのだろう。
実に好都合である。
「とにかくちゃんと学校に行ってよく学ぶ。遊ぶ時は遊ぶ。メリハリをつけなさい、いいわね?」
「はーい!」
「それと、今日私とサタンさんは遅くなるから」
「なんで?」
「ダンス教室のみんなでちょっとお食事会よ」
「そうなんだ? 楽しんできてね!」
「ありがとう。ご飯は何かとってもいいし、食べてきてもいいからね」
「うーん、みんなと後で相談しておくよ」
「そうしてね。みんなも遠慮しないで好きなものを夏樹に言って食べてね」
夏樹は今まで母ひとり子ひとりの生活をしていた。
看護師である春子が多忙で、夕食をひとりで食べることは珍しくなかった。
母は必要なお金を置いていってくれるので何かを買って食うには困ったことはない。
三原家で夕食をごちそうになったこともある。
商店街のラーメン屋、食堂、中華屋でも夕食を食べていた。
みんな見知った顔なので寂しいと思ったことはない。
だが、春子がいなくても一緒に食事を食べてくれる小梅たちがいることは嬉しい。
春子も、サタンのように趣味仲間ができたことは嬉しいだろう。
「俺様らーめんがいい!」
「自分は中華っすねぇ」
「友よ、アジフライが食べたいのだが」
「カキフライも食べたいです」
それぞれが食べたいものを主張する。
春子は楽しそうに夕食の話をする息子たちを笑顔で見守っていた。




